2008年9月30日火曜日

ひょっとすると、アメリカの崩壊?

 今、目にしつつあるのは、ひょっとすると、「アメリカ」の崩壊なのではないか。ブッシュ大統領が就任して間もなく、世界貿易センターのツイン・タワーが崩壊するのを見た。今やアメリカそのものが崩壊しつつあるのではないか。底知れぬ金融危機、それへの対処になすすべがとれないでいる大統領と議会。経済のことはよく分からないが、規制をとことん撤廃し、政治関与を最小にするという市場主義に踊り狂った、そのあげくの果て、何かがここに崩壊しつつあるように思われる。

 この危機を救うために、ブッシュ大統領と議会首脳は7000億ドル(70兆円)の公的資金を投じて不良債権を買い取ることを柱とする、金融安定化法案に合意して、急場しのぎができたように見えた。しかし、米議会下院がそれを否決した。僅差ではなかった。ウォールストリートで大金を稼いでいる連中がしでかした不始末。その穴埋めに、なぜ米国一般市民の税金を投入しなければならないか。選挙を目前にした議員たちが否定票を投じたのも分からないではない。それが民主的議会制と、世界的規模に達した資本主義経済との間にある大きなギャップだろう。

 7000億ドルの公的資金がどれほどのものか。昨日も引用した雑誌TIME(09/10/6号)が、具体的な目安を与えている。

・米国民一人あたり2300ドル(23万円)の負担。1世帯あたり6200ドル(62万円)。
・50万ドル(5千万円)以下の所得の人の所得税全部を注ぎ込むこと。
・米国の国防、財務、教育、国務、内務、軍人恩給、宇宙の年間費用全部。
・アメリカのすべての車のガソリン代、16ヶ月分。
・アメリカのすべてのプロスポーツチームを買収し、それぞれに新しいスタジアムを作り、各チームごとのプレイヤーに2億ドル(200億円)を支払う。
・世界17位程度の国のGDP分。たとえばオランダのGDP。
・しかしながら、米国の財政赤字累積額のたった7%に過ぎないともいえる。

 世界を断然リードする米国といえども、これだけの巨額負担にたじろいだのだろう。そういえば、TIME誌のコラムニスト、Joe Klein は、これとほぼ同額(6500億ドル、65兆円)をイラクの戦費に費やしたことと併せて、ブッシュ政権は、ツインタワーの崩壊で始まり、この二つの1兆ドル負債ツインで終わったとコメントしている。

2008年9月29日月曜日

TIME誌が麻生首相短評

 週間誌 ”TIME”の10月6日号が短報で書いている、日本の新首相麻生のプロフィール。



 4回目の挑戦の果てに元外相・麻生太郎が9月24日、新首相の職にに就いた。出しゃばりで、奔放なナショナリストで、思慮の足りない放言をしがちな人だ(アルツハイマー症のことをジョークにしたり、金持ちのユダヤ人に日本を魅力的な国と見られたいなどと言ったことがある)。68歳の麻生は、厳しい、あるいは陰気な印象を与えた前任者、安部晋三・福田康夫とは際だって違った人柄だ。前任者たちはスキャンダルや政党間の行き詰まりのせいで、任期を全うできなかった。麻生は、以前オリンピックに出たことのある射撃の名手で、マンガ大好き人間だ。元気のない日本経済を活性化することを彼は力説しているが、まずは自由民主党の長期政権への有権者たちの不満を乗り越えることができるかが問題だ。


 けっこう人柄を見ている。「出しゃばり」と訳した"brash”は、オックスフォード英英辞典には"confident in an agressive way"(確信的に攻撃的やり方を好む)とあり、「奔放な」と訳した"freewheeling"は”not concerned about rules or the possible results of what you do"(規範とか、自分の行動が起こしかねない結果とかに、頓着しない)とある。英語には人を評するのに的確なボキャブラリーがある。内閣人事や今日(08/9/29)の国会での所信表明演説などは、ほんと、"brash and freewheeling"だ。

 安倍と福田は"dour"という一語で片付けている。これは人柄について"giving the impression of being unfriendly and severe"(親しみ易くなく、厳しい印象を与える)、ものなどについて"with no features that make it lively or interesting"(生き生きして、面白くさせるような特徴のまったくない)という意味だ。英和辞典では「陰気な」という訳を当てている。なかなかうがった見方だと思うがどうだろう。

2008年9月28日日曜日

横浜山手洋館を撮り歩き

 昨日は写真の仲間と、横浜へ行き、山手地区の洋館の並ぶ通り沿いのあちこちを撮り歩いた。石川町駅の元町口から坂を登ったところにあるイタリア山庭園から、港の見える丘公園まで。庭園やそこからの眺望を楽しんだり、洋館に入り異国趣味が珍しい館内を見たり。変化に富む被写体が多く、久しぶりに写真撮りに没頭できた。

 一部の洋館は結婚式場にも使われているようだ。秋の土曜日とあって、庭園を使って、友前結婚式をしているのを見た。宗教的儀式なし、媒酌人もなし。花婿が入場し待ち構えているところに、父親が娘(花嫁)を連れてきて、ちょっとしたセレモニー。そのやり方には、眺望のいい屋外庭園が似合っていた。道沿いの教会でも、また別の洋館でも結婚式だった。本通沿いには散策を楽しむ人を多く見かけた(画像は山手234番館あたり)。横浜のこのあたりに住む人は、まるで外国に住んでいるようなハイカラな生活を楽しんでいる。ちょっとうらやましかった。

 この日撮影会をしたのは、ネット上の写真仲間だ。ネットで互いの写真を見て、話し合い、情報交換をしているグループだが、たまには顔を合わせようと、オフ会と称する会合をする。最近仲間が増えて、この日も二人の新人が参加した。世代的には若返りつつあるのがうれしい。夕刻には山を下りて、中華街にいたり、路地のそのまた路地に分け入り、庶民的な中華料理屋にあてずっぽうにはいって、歓談を楽しんだ。となりのテーブルにやがて現れたのが、このグループにとって、縁のある人だった、その偶然に驚いた。近くに住み、なじみの店だという。

 2,3年前の海外旅行を機縁に、その後親しくしているご夫婦が、この近くに住んでおられる。この日、この場所を撮り歩くと連絡したところ、このルートを逆にたどって歩いてこられ、中途あたりでばったりと出会えた。洋館の中に入っていたら、どうだったか。ちょうど一つの洋館を出て、道に出たところだったのが、グッドタイミングだった。

2008年9月26日金曜日

不本意ながら車の世話

 車は、動き回るための道具で、洗ったり、ワックスを掛けてピカピカにしたり、傷を気にしたりすることはない、という考えのほうだ。先般まで使っていた自分の車を洗ったことはほとんどない。たまにガソリンスタンドで洗車機にかけてもらう程度だった。今度車を買い換えるに当たって、洗車などの面倒がないようにと、5年もつというコーティングをしてもらった。

 これがかえってあだになった。できあがってきたコーティングのメインテナンスについて、きつい注文がついた。汚れをそのままにしておくと、コーティングが傷み、まだらになる。雨が降ったら、雨粒をそのままにしてはいけない。酸性雨がコーティングを傷める、特に鳥の糞や、樹木の下に置いたときに落ちてくる樹液はよくない、などと。最初の一ヶ月はコーティングが落ち着いていないので、ひんぱんに洗い、付属品として添付してあるクリーニング液を全体に塗るようにとの指示があった。

 わが家の駐車場の前は、林になっていて、樹木の枝が車に覆い被さるように伸びてきている。そこから落ちる樹液による汚れがひどい。林を住処にしている鳥たちが排泄物の空爆を行う。それを平気で見過がせるようにコーティングしてもらったつもりなのだが、かえって手間がかかることになってしまった。思惑がはずれた。これまでもう3度も洗車をした。私が車を洗っている姿など見たことがない近所の方は、珍しいものを見たような顔をして通り過ぎる。やれやれ。

 そこで考えたのはボディーカバーである。今さら駐車場に屋根を設置するつもりはない。三菱アイは、形が少し特異なので、汎用のボディカバーは難しいらしい。純正品を取り寄せた。今朝あらためて洗車し、ボディーカバーをセットした。上記画像がその姿である。

 これでは車は、動き回るための道具というより、置物である。じじつあまり使わないことになるかもしれない。

2008年9月24日水曜日

「あとになれば、福田さんのスタイルが」と与謝野

 福田内閣が総辞職したあとで、この内閣の閣僚が感想を求められたのだろう。そのなかで、与謝野経済財政担当大臣が「あとになれば、福田さんのスタイルを懐かしむ人が、きっと出てくるだろう」と、いつものしゃがれ声でしみじみ話しているのをテレビで見た。

 私はこの発言に共感を覚える。衆参で、自・公と民主との間で、多数を占めている党が分かれているという難しい環境の中で、謙虚に、誠実に、けれん味なく、なんとか国民のための施策を一つでも実らせようと努めた政治姿勢は、かえって国民受けしなかった。が、その姿勢によくぞ徹していた。よくやっているなと、私は見てきた。

 最後の記者会見で、「人ごとみたい」との批判的質問に対し、「私は自分を客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」とキッとなって言い放った。この人らしからぬ、上ずった気分を露わにしていた。自分の気持ちと、世間の受け止め方とのずれに、いらだったのだろう。あの段階で身を退くというのは、この人らしい、大人の決断だったのだが、気持ちは高ぶっていた。この人は大人だが、ひと癖も、ふた癖もある練れた大人というのではない。相手が自分と同じレベルの成熟した大人でないことに、ときには耐えかねて、皮肉を言ったり、ぶっきらぼうに答える、そういうタイプの人だ。それをわたしは理解する。

 福田さんが、そのような人であるということを、私は好もしく見ていた。時を得ず、このような乱世に、損な役回りでしたね。福田康夫さん。与謝野さんが言うように「そのスタイルを懐かしむ人が、あとになって」出てきますよ。きっと。

2008年9月22日月曜日

平和護持を再編の軸に

 TBS日曜朝の「時事放談」は、ハト派的政治家がよく用いられる政治番組だ(中曽根、森ら元首相も出るが)。朝のウォーキングの時間にかち合うので、録画して視聴する。昨日朝(08/9/21)は、自民党OBの野中広務と民主党の藤井裕久とがゲストだった。二つの話題が私には興味深かった。

 一つは、麻生首相になったときに、アジア外交がうまくいくのかをふたりとも心配していたことだった。韓国との関係では、麻生がかつて創氏改名について失言した前歴があること、対中国でも、台湾寄りの姿勢をこれまでとってきたことなどが問題らしい。自民党は妙な政党で、外交の基本姿勢などはイッシューとせずに、総裁選びをしてしまう。小泉→安倍→福田という交代劇で、外交姿勢は際だってスイングした。外交こそ一貫性が大事だが、そこを問題としない。総裁選で政策が議論されているが、かつてあれだけ麻生嫌いに走っていた同じ党が、今度は雪崩をうって麻生支持に回っている。じつは政策など問題ではないのだ。選挙に勝ち、与党であり続けることがいちばん大事なことらしい。そのために候補は、選挙受けする政策を並べる。麻生氏が、この時期に、後期高齢者医療制度を見直すと節操なく言い出しても、頓着しない。

 もう一つは、選挙の結果次第であるかもしれない政界再編について、野中が、平和を大事にすることを再編の軸とすることに、期待を表明したことだ。近頃の若い政治家世代の一部には、平和の大切さをいうより、他国と強硬に事を構えようとする傾向がある。そのことを野中はおおいに憂いているようだった。平和を大事にする、ナショナリズムを煽らず、アジアの近隣の国々と軍事的に対立しない道を追求する。そのような勢力の結集をはかることで政界が再編されることを期待したいということだった。藤井もそれには賛意を表していた。

 社会保障を中心に将来の国のあり方をどうするのか。そのために年金、医療、介護制度などをどうするのか。財政をどうしていくのか。税制は? そのあたりが政策上の対立軸になって、再編が行われるのだろうと思いがちだ。その点では自民も民主との間で、政策上の色分けは判然としない。せいぜい手法が違うという程度だ。そのような政治状況の中で、戦争体験世代である野中は、平和を追求する外交姿勢が、他の政策課題に優先されて考慮されるべきだ、といいたいようだ。自民の一部よりはるかにタカ派的で、改憲に積極的に取り組もうとする政治集団が、民主にいる。逆に、自民には9条の原則を護持しようとする政治家がけっこういる。もし政界再編がありうるなら、東アジアにおける平和を重視し、憲法9条を大事に考えることを軸にしてほしいという野中の心情は、同世代としてたいへんよく分かる。

2008年9月20日土曜日

教会での葬儀に出て

 叔母の葬儀の機会に、久しぶりにキリスト教会の会合に出た。牧師さんの説教を聞いて、教会は全然変わっていないのだなとつくづく思った。その感想は二つの側面があった。一つには、自分がいかに教会から離れてしまったかをあらためて自覚したこと。もう一つには、教会が内部に閉じていて、外にいるものに向かって何か訴えるような言葉を持っていないと感じたこと。教会内部にいる人々は、永遠に変わらぬ真理に自分たちは立っているのだから、変わらないのが当然と言うだろうが。

 葬儀は、日曜礼拝などの教会員の会合と違って、葬られる人に縁のあった非信者も集い、故人を弔い、遺族を慰めようとする機会である。その人たちに向かって、信じるものだけが主の身許に行ける(=救われる)、そこへいたる道は狭い、さいわい故人は篤い信仰のゆえに、今主のもとに召されたと語る。そのような語り口は、かつて内部にいたものとして、どんな意味合いかはある程度分かるが、全く外部にいて、この機会に参列した人たちに向かってどんなものなんだろう。

 どの宗教もそうだが、固有の言語世界と救済の論理を持ち、この道を経ずしては救われないと説く。きわめて排他的だ。まあ、それが信仰の信仰たるゆえんだろうが、その排他性のままでは、世俗にある人々に説得力のある言葉で語りかけられないのではないか。内部にいるものは救いにあずかる。外にいる人は、可哀想に救われない、それで終わってしまう。そのままでいいのだろうか。

 そんな閉鎖的な世界を作ってどうなるのか。人類全体に向かって開かれ、信じているものも、信じないものも、同じ言葉で話し合える地平に出なければしょうがないのではないか。そう感じたとき、ボンヘッファーのことを思い出していた。この人はそのことを、ヒットラーに捕らえられて獄中にあるとき、問題として受け止め、鋭く深く洞察した。しかし残念ながら、彼はナチス崩壊の直前死刑に処せられた。その洞察を実らせ、人々に語りかけることなく生涯を終えたのだった。それは教会と世界のその後にとって大きな損失だったと私は考える。しかし、彼の意志は彼の書き残したものを通し、十分に伝えられ、キリスト教会内だけでなく外部の人々にも衝撃的に受け止められた。新しいパラダイムの到来だった。在来宗教を超えた何かが、そこに垣間見えた。しかし、どのように在来の教会が変わっていくべきか、その具体像を彼は示さなかった。その時間がなかった。その後、キリスト教会は変わらなかった。彼の思想に影響され人々が、新しい教会の姿を生みだしたとは耳にしていない。むしろ彼の考えを受け止めた人は、教会内部にとどまれず、離れてしまったのだろうか。

 変わらぬ固い(堅い?)説教の言葉を聞きながら、そんなことを考えていた。

2008年9月18日木曜日

袋田の滝の新しい観瀑台(2)

 このブログを使い慣れていないせいか、これという場所に画像を挿入できない。仕方なく、前エントリの2枚目の画像を新エントリに置く。これが、新しい観瀑台からの滝の眺め。デッキの上で、あちこち位置どりをしてみたが、この程度しか見えない。

袋田の滝の新しい観瀑台

 茨城県の北部、奥久慈渓谷にある袋田の滝は、水量も落差もさほどではないが、「四度の滝」と呼ばれるとおり、四段に変化に富んだ姿で落ちるさま、とくに最下段が約70メートルの幅で流れ落ちるのを間近に見ることができることから、名瀑として知られ、訪れる人も多い。冬季には滝全体が凍結することもある。この滝を見るには長いトンネルを経て、観瀑台に至る。ここは滝の下部を見るには絶好の場所にあるが(上の画像)、上のほうはよく見えない。

 今回エレベーターが新設され、これまでの観瀑台より50メートルほど高い位置にあるデッキに登り、上から滝全体の眺望をえられるという。9月13日にオープンしたばかりである。テレビなどで放映されたこともあり、地元住人(水戸から車で一時間半)としてはいち早くいってみたくなっていた。月、火と前エントリーに書いた事情から東京に出かけていたが、好天はどうやら水曜日しか期待できないらしい。思い立って昨日出かけてみた。軽自動車三菱アイによる初ドライブもかねていた。

 週日とあって、さほど人出はなかった。トンネルを抜けると、展望台いっぱいに幅広く最下段の滝が拡がっている。その迫力は絶大である。久しく訪ねていなかったので、改めてこの滝の凄さを再確認する。新設のエレベーターに乗る。待ち時間なしだが、ひっきりなしに人を運んでいる。普通の建物からすると8階から10階分ぐらいだろうか。ちょっと時間がかかる。降りると三段のデッキがある。最上段に駆け上がる。

 一目見て、がっかり。期待しすぎだった。これまでの観瀑台から高さ50メートル登り、滝の最上部とほぼ同じ高さから滝全体を見降ろすことができると思っていたら、滝の下半分は木々の茂みに隠されていて、部分的に見え隠れする程度(次のエントリに画像を)。滝の全貌が見えるわけでない。エレベーターと展望デッキが設けられた位置は、これまで観瀑台の真上ではなく、かなり滝から後ろに引いた位置にある。その分だけ滝とは距離ができたし、景観を害さないよう、滝に対面する崖の茂みの中に隠されている。たしかに、下からよく見えなかった上二段分の滝はよく見える。それが、この新観瀑台の存在価値だが、下が見えないのは興ざめだった。間もなく紅葉のシーズンとなる。このあたりは紅葉の名所である。滝を見るのに今は邪魔な木々が、紅葉すれば、新観瀑台から見る滝の姿にむしろ趣を添えることだろう。

 滝見物のついでに北の大子(だいご)温泉にいたり、宿で温泉を楽しみ、一泊してきた。帰りは雨だった。三菱アイによるドライブは、軽自動車とはいえいい走りで、長距離ドライブもこれならできるなと合格点。これからこのかわいい車で少し出回ってみることにしよう。

2008年9月16日火曜日

叔母の死

 叔母が亡くなった。母の兄妹4人のうちの、最後の1人だった。1913年生まれ、95歳。よく生きた。残された子ら(私の従弟妹たち)3人は、明るい表情で、母親の死を悲しんでいる風ではかなった。母やその男兄弟と違って、ごく平凡な主婦として家庭を守り、子どもを育てることに励んだ人だった。もっとも、連れ合いを早く亡くしたあと、ある大学の学生のためのサービス施設で働いて、けっこう活躍していたと聞いた。

 明るい、くせのない人だった。他の兄姉が癖があり過ぎだったともいえるが。しいて癖というなら、そのおしゃべりぶりだった。母の晩年、静岡の老人ホームへ東京から定期的に来てくれる妹との対面を、母はことのほか心待ちしていた。しかし最後の頃は、そのあまりのおしゃべりぶりに耐えられない風だった。何とかこの子のおしゃべりを止めるよう、誰か言ってくれないかと、父や私に言うのだった。

 私はこの人にたいそうお世話になったことがある。高校3年になったばかり。父の転勤で、大分から東京へ移ることになった。進学のこともあるから、できるだけ早いほうがいいと、私だけ一足先に東京に出て、転校先を探した。叔母は新宿高校に掛け合ってくれたが、すでに編入試験が終わったあとと断られ、その姉妹校と称する別の都立高校に紹介された。叔母はこの間、わがことのように駆け回ってくれた。その間、私を一ヶ月居候させてもくれた。3部屋しかない家に家族5人で住んでいた。ちょうどその頃、もう1人の甥を居候させていた上に、私を受け容れてくれたのだった。今の住宅事情、家族関係では考えられないようなことだったが、その頃はそれほど無理なことではなかった。とはいえ、この叔母ならではのおおらかな心遣いだった。この叔母のお世話があったおかげで、翌春、私は希望校に現役入学を果たしたともいえる。

 そんな叔母にこのところお目にかかる機会もなかった。老人ホームに入り、最後の一ヶ月は病院で、ほとんど老衰の死だったようだ。次第に食べなくなり、最後は安らかに息を引き取ったという。

 一昨日(9/14)亡くなった。その知らせが、昨日(9/15)の朝、私の姉からあり、私は昼過ぎに東京に出て、その日のお通夜と、今日(9/16)の葬儀に出て、今夕水戸へ帰ってきた。通夜も葬儀も叔母が長年会員だった教会でおこわなわれた。私の親族はほとんどクリスチャンである(3代続いた牧師の家系だから)。当然のような教会の雰囲気だったが、私ひとり違和感を感じながら、その席に連なった。それについては別のエントリで書こう。

 叔母の死が、親族たちを久しぶりに集めてくれた。私自身の姉弟4人とその連れ合い、甥姪たち、叔母の兄弟の子どもたち(従弟妹たち)と久しぶりに会い、それぞれ近況を知った。こんなことでもないと互いに会う機会もなかった。それぞれの幸せ、平穏、変化、悩みを抱えているようだった。それを話題にするのはいささかはばかる。やめておこう。

2008年9月14日日曜日

iPhoneのアップデート

 iPhoneのソフトがアップデートされた。2.02が、2.1になった。格段に動きがよくなった。文字はタッチパネルで入力するのだが、それがとても早くなった。これまでは、しばらくじっと考えている、というようはところがあった。日本語変換もよくなった。iPhoneでは、携帯電話での入力方法と違うテンキー方式というのか、十字選択式という、ユニークな方法をとっていた。この更新で、それがキビキビ動くようになり、この方式の良さがはじめて実感できる。これまではiPhoneでメールやメモ書きをする気がしないほどだったのだが、これでやっと満足にやれそうだ。ほかにも全体としての動きが、安定したようだ。これまではしばしば、読んでいる画面が落ちることがあったが、それが少なくなった。mixiコミュでは、ソフトバンクの電波への接続がよくなったという話も出ている。

 iPhoneは、パソコン上のソフトウエア iTunes との組み合わせで、iPhone内部のファームウエアを更新してくれるところが素晴らしい。発売して、ユーザーからのクレームが殺到したのを受けて、早速対応してのこのアップデートだ。この柔軟な仕組みゆえに、とりあえず製品を出しておいて、あとは追い追い性能を向上していくことができる。今ではパソコンなどもOSやブラウザーを、ブロードバンド接続経由でアップデートするのは当たり前だ。ソフトもアップデートされる。たとえば、ネットブラウザーの Firefox は、無償提供なのに、めざましくアップデートされてきた。しかし、電子機器そのもののファームウェアがこれだけアップデートされていくのは、やはりすごいことなのではないか。機器の性能が買ったときのものを格段に上回ったものへと進化していく。アップルはやるな、という感じがする。

 このアップデートを知ったのは、電子メール配信を受けているBusinessWeek(BW) 電子メール配信を読んだからだった。その9/12日刊行誌に"Apple event fails to dazzle"という特集が組まれている。アップル社のCEO、Steve Jobs が出てのプレス発表はいつも意表を突くものだったが、今度はそれほどでなかった、という記事だ。日本では、iPhoneの売れ行きが予想ほどよくなかったので、アップルはiPodの新製品でお茶を濁している、というニュアンスで報道された。BWでは、iPhoneの売れ行きとは関連づけず、音楽プレーヤー分野でのiPodの独占状態の余裕で、格別の技術革新なしに、カラーをとりそろえたり、安価にしたりという、アップルらしからぬイベントだったと報じている。技術(innovation)ではなく、お化粧(cosmetic)で売るとは何だ、という趣旨で特集記事を書いている。その記事の最後の部分に、iPhoneのアップグレードを9月13日行うようだとあった。発売後寄せられたユーザーのさまざまなcomplaintsに対応するためだという。日本では遅れるのかと思いながら、iTunes経由で更新の有無を調べてみると、日本でも同時にアップデートされていた。日本語変換が格段に改善されたことからすると、日本チームを含めて、アップルはずいぶん頑張っているな、と思われる。

2008年9月13日土曜日

二期会オペラ「エフゲニー・オネーギン」を観る

 東京へ出かけたのは、これ(二期会・エフゲニー・オネーギン)を観るためであった。

 チャイコフスキーの代表的なオペラとして、その名は知っていたが、はじめて見るものであった。有名なオペラ演出家コンヴィチュニーの演出(それについての解説はここ)は、このオペラを奇をてらわず、堂々としたドラマとして仕立て上げていて、主な歌い手の力量もあって、じつに聴き応えがあった。群像の動き、歌は非常にドラマティックで、厚みのあるドラマになっていた。

 特にオネーギン役の黒田博は堂々とした風格と貫禄の歌いぶりはさすが。タチアーナ役の津山恵はひたすらな純愛をオネーギンにささげながらも、受け容れられない悩み多き娘時代、公爵夫人としてオネーギンに再会した時、彼への愛を想い起こしながらも、きっぱりとそれを断ち切る凛とした姿への変貌を歌い分け、見事なヒロイン役を演じていた。

 じつにロシアっぽい雰囲気を見事に出していた。それもプーシキン原作の描く、社会的問題に覚醒しつつも徹しきれない一時代の貴族インテリゲンチャー群の生きた時代を。おそらくプーシキンの原作にも、このオペラにも、描かれていない部分があるように思う。このストーリーのままだと、オネーギンは、娘心をもてあそび、友人を裏切った単なる無頼になってしまう。オネーギンはひどい男、タチアーナが可哀想、ということで終わってしまう。しかし、たぶん彼は旧態依然たるロシアの地方社会に安住できず、脱出を模索して、それ故に、愛と平穏な家庭生活をわざとぶちこわして、流浪したのだろう。その部分はポジティブに語られていない。それ故か、観覧後は、ドラマとしての仕上げの見事さに感心しつつも、ストーリーにはいささか釈然としない、複雑な気分が残ってしまった。

パソコンなしの上京で、iPhoneは使いものになったか

 11日から3日間、東京へ出かけていた。

 こちらの雑記帳の方は、できれば毎日更新と思っているが、東京へ出かけている間は、エントリアップが難しい。iPhone の導入にともなう通信経費増に対応して、東京宅の固定電話を解約した。これで、ノートパソコンによるダイヤルアップ接続という手段がなくなった。その目的以外にほとんど使わない固定電話のため基本料を払い続けるのはもったいない。東京でのネット接続はiPhoneオンリーになった。

 iPhoneは、パソコン代わりになるはずだが、もろもろ制約がある。たとえば、この雑記帳の書き込み先は、safari(Macの標準ブラウザー、iPhoneにもこれが載っている)を受け付けない。Firefox でないといけないのだ。それにiPhoneでは、メールの読み書き、ネット読みはできるが、ネット書き込みは、実質的に無理だ。しっかりした接続状態が持続すればいいのだが、ソフトバンクのラインがときどき切断される。他の利用者が入り込んでビジーになると、はじかれるのだろう。

 再接続すると、同じ画面に戻ることもあるが、新規にやり直しになることが多い。ID番号やパスワードを記憶してくれる機能がない。書きかけのテキストが飛んでしまった上に、ID番号から入力し直すのでは、気持ちが萎える。

 そんなわけで、mixiの書き込みもやれなかったし、ましてこの雑記帳の更新などおぼつかなかった。

 iPhoneは、携帯端末としては、まだまだノートパソコンの実質的な代用にはならない。アップル社のことだ、追い追い機能的に強化されることを期待したい。

 あと、ソフトバンクの携帯用電波に頼るだけでは不十分だ。日中から夜の早い時間には、都心の屋外でも、安定した接続を確保できないようだ。やはり無線LANによるワイアレス接続手段を考える必要がありそうだ。一度使っていたlivedoorの接続はとうに解約してまったが、それを含むワイアレス接続をセットにしたサービスをヨドバシカメラが月380円で提供し始めている。それなども考えよう。ワイアレスの方が、ソフトバンクのパケット代よりずっと安くてすみそうだ。それに早くて安定している。ソフトバンクが当初の料金設定を改め、パケ放題でも使用量が少ない場合の割引を始めた。wifi利用で料金を節約できるかもしれない。うちでも無線LANを利用した方が良さそうだ。

 iPhoneで一番重宝したのは、ニュース読みである。新聞社はiPhone用のニュース配信を始めている(i.asahiなど)。しかしこれはブラウザーを使っての配信だ。記事全文となると、PC用画面になり、画面サイズにフィットしない。拡大して読む必要がある。その点で、NYTは、iPhoneのアプリとして、選別した記事と、論説欄全文をジャストサイズで配信してくれている(無料)。iPhone独特の横画面にすると、ただちにサイズフィットし、余計な広告なども入らない。これは重宝で、在宅時でもこれでNYTを読んでいる。

2008年9月10日水曜日

『間違いだらけの農業政策』

 文藝春秋10月号は、「石油・食料危機、常識のウソ」という特集を組んでいる。
そのなかにある、神門善久『間違いだらけの農業政策』は、この問題になると必ず唱えられる、食糧自給率とか、減反とかのお題目に、私たちは騙されていると指摘する。以下に彼の書いていることの概要をまとめてみた。

- 国際的な食料危機について
・ここ数年の穀物値上がりを、世界規模の食糧危機に結びつけていうのは短絡的。
・ここ2,3年の価格急上昇は、先進国のエゴの結果。
・アメリカ、EUなどが自国の農業を保護するために、途上国の穀物生産を押さえ込む政策をとった結果。
・またバイオエネルギー需要を急増させてのも先進国の都合。
・中国・インドなど新興国の需要増は今に始まったことではない。そのせいにするのはおかしい。

- 日本の食糧問題
・海外からの輸入農産物に押されて自給率が下がったというのはウソ。
・主要農産物についての自由化は、ここ十年来行われていない。輸入に押されて食料生産が減少しているのではなく、日本の農民が自主的に生産を止めているから。
・真面目に米作りに取り組んでいる農家は、285万戸の農家のうち、わずか7万戸。
・大部分は、零細な農地を持つ、サラリーマン兼業農家。彼らの一部が優良農地での耕作を放棄している。
・彼らは農地の土地転用による現金収入を待っている。「転用期待」が、日本の農業を歪ませている最大の原因。
・減反を止めれば、米生産が増え、食糧問題が解決するというのは幻想。実際問題として、減反そのものが形骸化している。
・規制緩和による企業参入は解決策にならない。「仮登記」などの手段で、企業参入は事実上進んでいる。それが農地の農外転用の手段となり、かえって日本の農業を停滞させている。
・農地転用をきちんとコントロールし、農地が真面目な農業者による農地に使われるようにすることが大事。

2008年9月9日火曜日

蒸留した焼酎に毒素は混入するのか

 事故米という、農薬やカビ毒が混入した米が、焼酎に使われたというので、製造元、販売業者、そして消費者を巻き込んで大騒ぎなっている。私も芋焼酎や麦焼酎などを愛好しているので、人ごとでない。

 本来このような食品に使っていけないはずの事故米をごまかして流通させることで、結果として人が口にする食品・飲料に入ってしまった。それはそれで問題であるが、製品としての焼酎にどれだけの有害成分が含有されているのだろうか。焼酎は蒸留酒である。発酵させた原材料を加熱して蒸発し、早い段階で蒸発してくる成分を凝集する過程(蒸留)でできた酒である。この過程で、沸点の低い成分は蒸留酒に混入し、濃縮される。他方、沸点の高い、なかなか蒸発しない成分は蒸留酒には混じらない。いま問題になっている毒の成分は、どちらなのか。そういう科学的議論なしに、焼酎そのものに毒が混じっているかのように騒いている。

 私は芋焼酎好みである。芋焼酎はサツマイモから作られているのだから、米の問題とは無縁だと思っていた。ところが、芋を発酵させるもとになる麹に、米が使われたらしい。それにしても、蒸留する原材料に占める米はわずかなものだろう。さらにその米が100%、事故米ではあるまい。何段階かの流通過程で、事故米が混ぜられたらしい。

 事故米が原料に用いられたこと自体、問題であるが、有害成分が、どの程度蒸留物に混じっているのか。そもそも蒸留という過程で、製品としての焼酎に混入するのか、しないのか。どの程度か。市販される製品がほんとうに毒で汚染しているのか。分析機器で検出されるほど毒成分が入っているのか。飲んだ場合、人体にほんとうに有害なほど含まれているのか。そういうことがいっこうに話題にされることなく、大量の製品の回収騒ぎになっているのが分からない。

 焼酎は甲類と乙類がある。甲類は連続蒸留法で、ほとんど不純物のない純アルコール成分が蒸留から得られ、アルコール濃度を水で割ることで調整されたものである。乙類は単式蒸留という、一回蒸留で作られる。材料に含まれる香り成分などが、蒸留成分に混入することで、独特の風味が加わり、その風味と味わいが焼酎愛好家を楽しませる。その風味の中に、問題の毒成分が加わるのか、そうではないのか。専門家は知っているのではないか。知らないとしても、分析器にかけてみれば分かることで、そんなに騒ぐことはない。

 飲み助は、意地汚い。100%ピュアなど望んでいない。もともとアルコールは少々毒と承知の上で飲んでいる。未知の地へ行って、多少いかがわしい飲み物でも、平気で飲む。いやむしろその機会を稀有のものとしてありがたがる。アルコール禁止のパキスタンの僻地、フンザとかチトラルの谷で、自家醸造のワインと称するお酢とも酒ともつかぬ飲料を飲んだことがある。ヴェトナムの焼酎では悪酔いした。タクラマカン砂漠のフータンでは、マオタイに似たすごくアクの強い酒を飲んでみた。日本でも、近くのファームで手に入る粕取り焼酎を、その臭さに辟易しながらも時おり口にする。この粕取りは、戦後の闇市で売られていたカストリとは別の珍品である。

 こんな愚にもつかぬ事を書いて、つい、その気になり、ひさしぶりにその粕取りのボトルを取り出した。おお、臭!

【08/9/13 追記】
 その後、事故米(汚染米)の不正食品転用は、つかみかねるほどの広がりを見せ、官庁の監督責任、米流通業者のモラルのなさなどが大問題となっている。私が書いたのは、その問題はそれとして、焼酎が汚染されているか、という科学的側面であった。しかしこういう場面では、汚染されているかどうかというようなことを、当事者も第3者もあえて口にすることなどできず、風評被害への対応に追われているのだろう。

2008年9月8日月曜日

三菱アイに乗って

 老後生活の諸条件に適応すべく、何年来の大小の車2台態勢を変えて、小1台にしたことは、メインの方に書いた(Aquarian's Memorandum 08/9/07 「車を買い換え」)。今日はじめて、少々動かしてみた。昨日は車屋さんから家まで乗り帰っただけ。別に用事があるでもなし、車が来たからといってにわかにあちこち走り回るほどのエネルギーはない。

 今日は用事があって、町中に出かけた。お世話になっている証券屋さんで、これまでの担当者(女性)が寿退社。代わりの担当者(次長さん)にお目めにかかりに出かけたというわけ。駐車場に行って、おっとどっこい。お前の車はでかすぎて、このパーキング・タワーには入らぬと。え?、ちっこい車に換えたのに、どうして? 高さがねぇ、と、門番のお年寄りがのたもう。そんなはずがないと抗弁すると、背中の丸い番人、自分の背の高さで、おたくここでしょ。この駐車場はここまでなんですと、立体駐車場の高さ制限の垂れ板のところで示す。そこには155cmとある。

 そんなわきで、別のタワー入り口から、つい先頃まで乗っていた「大」の車がスイーッと入っていく。いぶかしがりながらも、仕方がない。別の露天の駐車場に入れた。あとで調べると、なるほど、わが新車は「小」ながら車高、160cm。立体駐車場の規格ハズレなのだった。

 日本では、かなり異常な車のサイズ・排気量規制と、税の優遇が行われている。メーカーは、軽自動車の規格のもと、格別の税優遇を享受したい人に、制限いっぱいの大きさの車を売っている。わが新車は、そのサービスゆえに、立体駐車場からははねられたのであった。あっちが立てば、こっちが立たない。ああ。

2008年9月7日日曜日

村上春樹の次作品

 村上春樹が、雑誌TIMEの最近号(Sep. 15, '08)の "10 Questions" 欄で、読者から寄せされた質問に答えている。主として米国の読者からであるが、この国でも広く読まれていることを反映している。

 村上ファンとして興味深いのは、次の作品についての質問に対し、こう答えていることだ。



『もう2年近く、次作に取り組んでいます。これまで書いた中で、最長のものになるでしょう。私の書いてきたものはどれも風変わりな(weird)ラブストーリーですが、私はそれが好きなのです。次作は、風変わりな超長編ラブストーリーになるでしょう。』

 これまでの最長のものは『ねじまき鳥クロニクル』(3巻本)だが、それよりも長いものになるらしい。おおいに期待したい。

2008年9月6日土曜日

小沢征爾特集番組を見る

 今日は午後5時からNHKハイビジョンの、小沢征爾特集をずっと見ている。7時からは、サイトウキネンの生中継をやっている。今春の水戸室内管弦楽団(MCO) の定期演奏会は、直前になって病気で代わりの指揮者に交替した。またその後予定していたMCOのヨーロッパ公演は、指揮者なしで行った。椎間板ヘルニアによる痛みがひどかったと聞いているが、生で姿を見ると、すっかりよくなったらしい。
 サイトウキネンの生中継の前に、午後5時から2003年に放映された「小澤征爾 終わりなき道~無垢なる共感を求めて~」の再放送があった。ボストン交響楽団の常任指揮者から、ウイーン国立歌劇場の音楽監督への移行期に撮られた番組で、加えてロストロポーヴィッチと協力してで行った「音楽キャラバン」、志賀高原スキー場での定期的な音楽会などの裏舞台をみせてくれいた。
 水戸でこの人の指揮にはなじんでいるが、一見派手な指揮ぶりの裏での彼の努力を丁寧に映し出した番組だった。楽譜を深く読み解き、練習で細かいニュアンスまで丁寧に指示し、自分の音楽を作り上げる。この人の分け隔てのない性格と、音楽に没頭する熱気が、演奏者に伝わり、演奏がステップアップする現場を見せてくれた番組で面白かった。

二つの党大会

 11月の米国大統領選に向けて、民主、共和両党のConventionが相次いで開催された。党大会の様子は、BS1で、主要部分が放映された。まあ一種のお祭り騒ぎだが、彼らが演説に賭ける情熱には、今さらながら感心する。さすが、言論・弁舌の国だ。アラスカ知事から彗星のごとく現れたベイリン副大統領候補は、私としては鼻っ柱ばかり強くて、知性など二の次という感じで好まないが、こういう人が米国の一般大衆には受けるのだろう。内容はともかく、マケインよりよほどアピール度が高い演説をぶった。どこかに雲隠れしている間に、演説をたたき込まれたのだろうが、たいしたデビューだった。
 ほかにはジュリアーニ・元ニューヨーク市長がオバマを口汚く貶める演説をぶったのは、かえってやり過ぎだったのではないか。こういうことの得意な人らしい。

 両方の党大会の演説で、どんな言葉が多く使われたかをNYTが図示していて面白い。
    Words they used(NYT 08/9/04)
 D(民主党)が"change"をいい、"Bush"の"Iraq"戦争を話題にして、"McCain"も同類と非難したのはわかる。R(共和党)だって、けっこう"change"とか"reform"を言っている。現Bush 政治と一線を画そうとしているのだろう。"character"について、多くをいい、"Obama"より"McCain"が信頼できると強調したことがあらわれている。政策に関しては、Rは、"business"と"tax"を多用したのに対し、Dは、"job"と"economy"をいうあたりに党の性格が見える。前者はどちらかというと富裕層を優遇し、後者は、中間層や労働者の支持を意識している。"God"が大きいのは、Rがevangelicalのサポートを受けているからだ。

サブのブログをこちらに

 わたしの主ブログ『Aquarian's Memorandum』が、だんだん重いものになり、どちらかというとメモというより、論文調のものを書くようになってしまいました。こちらは、目についたタネ(本、記事、Webエントリなど)についてのメモ書きの場として、気楽にやっていこうと思っています。