2011年4月7日木曜日

ジグゾウパズルを繋ぎ、埋める旅




旅の目的・意義は様々であろう。私にとって旅をする動機は好奇心である。旅をして地域なり国を見るまでは、たとえどんなに多くの情報によってイメージが作られていようと、その国・地域は抽象的存在である。一日、半日とわずかの時間であれ、その場所を訪れ、風景、都市景観、人々の表情、身振り、話ぶり、印象、豊かさ、貧しさ、匂い、湿度、日光の強弱、等々、を実体験すると、その地のイメージが鮮明に脳に焼きつく。抽象的存在だったその地が具体的なものになる。「百聞は一見に如かず」である。

それはわずかの広がりを持つ点の印象にすぎない。国・地域の中を車で移動すると、線にそった広がりのある印象に変わる。エジプトのサファガで船を降りて、バスで王家の谷などで知られるルクソールへ向かった。3時間半かかった。前半は砂漠の中の道。砂漠というより、小高い赤肌の岩山が続いた。かつてタクラマカン砂漠を横断する道を走ったことがあったが、それはなだらかに砂の隆起が続く砂漠だった。ナイルと紅海に挟まれた山地の砂漠は、かなり違う。ルクソールへの道筋の後半になると、ガラリと景色は変わった。赤い大地が緑の広がる広大な農耕地へと一変した。ナイル河が見えるよりずっと前から、ナイルの水を引き込んでいるのだろう、運河が走っていて、その道沿いを行くと、砂糖キビ畑、大麦、小麦畑、野菜畑などが広がる。集落があり、人々の暮らしが見える。ロバに乗っていく男、ロバに馬車を引かせて、砂糖キビや枯れ草を運ぶ人。砂漠と対照的に、ナイル河が人々の暮らしにもたらす恵みを実感する。ブロックを1階か2階まで積んで、それ以上の階を将来に残した半完成の家々が密集して立っている。最低必要限度の家屋に見える。貧しそう。ナイルの恵みを豊かに受け、長い歴史を持つ地域にしてこうだ。エジプトの資源(スエズ通行料、石油、観光収入など)からの利得を独り占めし、国民を貧困に留めていたムバラクの凋落の必然を理解する。

今回の旅は、アラブ首長国連邦のドバイからクルーズ船に乗り、アラビア半島の南をぐるりと回り、紅海に入り、スエズ運河を通過して、地中海に出、イタリアのサボナ港までの船旅である。アラビア半島では、東岸と南岸にある湾岸諸国のあちこちに寄港する。紅海西岸にあるサファが寄港については上に書いた。紅海ではさらにその奥にあるシナイ半島の東岸を遡上して、どんずまりに僅かばかり顔を出しているヨルダン、イスラエルの港から、それぞれの国の内陸に至り、それぞれペトラ遺跡と死海を訪問した。再び南下し、失脚したムバラク前大統領が隠棲するというシャルム・エル・シェイクから、内陸のシナイ山を訪ねた。シナイ半島は娥々たる山々が連なっていた。こんな不毛の山地を、モーセに連れられ、イスラエルの民は長い年月彷徨い歩いたのだろうか。

そしてスエズ運河。中東、さらにはアジアと、地中海さらにはヨーロッパとをつなぐ動脈の役割の水路。日本が明治に入る頃完成されて、明治初年以降、ヨーロッパへ先進制度や文化などを学びに出かけた人々が、当時唯一の手段であった船旅でここを通過した。彼らはどんな想いでこの運河を見たことだろうか。時代を経ながらも、そこを同じように通過する感慨。航空機で一飛びするのが当たり前の現代、こんな経験は稀有なのかもしれない。

地中海世界にはかねてから特別の関心を抱いていた。西端のジブラルタルからトルコまで、地中海沿いに海岸を連ねる国々と、主だった海沿いの都市を訪れている。地図をジグゾウパズルにしたとすると沿岸のコマは全部つながっている。今度はそこにスエズ運河からアラビア半島周りの大きなパズル片群が繋がった。

国や地域が孤立してものとしてでなく、地続きのものとして実感できるこの手応えは、私にとっては貴重なのである。大げさにいえば、まとまりのある世界観が形成される。中東地方がどの様にヨーロッパ世界につながっているのか。どのような景観と人々の土地が、地続きで連なっているのか。そのイメージが具体的に思い浮かぶようになる。今回の旅の収穫はそれだ。それだからといって、別に何かの利得があるわけではない。ジグゾウパズルで遊ぶことに目的も利得も無いように。

旅は終わろうとしている。次はジグゾウパズルの空いている部分のどこを埋めることにしようか。

(上掲の画像は、ムバラク平和大橋。現在スエズ運河を渡る唯一の橋。2001年に日本の無償援助、日本企業の手によって完成されたもの。全長約9km、水面から橋桁までの高さ70m(世界一)、橋桁はエジプトのオベリスクをイメージ、橋の中央にはエジプトと日本の国旗が描かれている。)

2011年3月26日土曜日

旅先で原発事故とその行く末を思う

【旅先ブログ 11/3/26 土曜日】


地震後の混乱の中にある日本を抜け出して、中東の海を航海中です。苦難の中におられる方々には申し訳ないことです。クルーズ船の甲板には、裸で日光浴を楽しむ人、プールで泳ぐ人、様々のゲームに興じる人など、東の果てにある島国に起こったこと、未だ起き続けていることなど、どこ吹く風と、優雅に船上生活を楽しんでいる白人たちでいっぱい(約2000人)です。そんな中、12人と、6人の二つの日本人グループが、少々引っ込み思案に参加しています。

日本人と知ると、地震と津波はひどかったな、大丈夫だったか、原発はどうなった、水道水が汚染しているらしいな、などと話しかけてきます。船室のテレビで見ることのできるBBCニュースは、リビアと日本の地震災害のことを大々的に伝えていますし、船内で配布される国際ニュース要約紙でも、毎日一面に大きく掲載されているせいでしょう。海外にいて、これだけ日本の情報に接することはまずありません。世界中が、地震と津波のもたらした大きな災害に、またチェルノブイリは例外として、まず起こり得ないと思っていた米国型軽水原発が閉じこめ不能に至った事故に、注目し息を呑んでいるのでしょう。

今日の昼食のテーブルで同席したスイス人夫婦は、ロシアや中国ならともかく、原発先進国として特に高い技術水準を持った日本が、こんな事故をやらかしたことは、ヨーロッパ諸国にとっても深刻だ、どの国も既存原発のこと、新規計画のことを抜本的に考え直さなければならない、と話していました。ドイツでは早速見直しの方向に行っていることはすでに伝えられています。日本でも、どの国でも、原発そのものの安全性を見直すことはもちろん、さらには原発依存度を低くした電力のあり方、もっといえば、エネルギーを大量に費消しない産業と生活のあり方まで、考えなければならない、と互いに話し合ったのでした。

まだ事故が収まっていない現在、先のことを考えるのは早いでしょうが、今度の事故の影響は計り知れないほど大きいように見えます。原子力産業や電力会社にとどまらず、日本の国の様々なセクターが、また私たちの生活自体が、大きなマイナスは蒙ることになるでしょう。どんなことになるか、まだ見えていませんが、相当な覚悟がいるように思えます。

このブログで、旅の印象を書くつもりで書きはじめたのですが、地震による原発事故の方へ、思わず気持ちが向いてしまいました。本題だった方のことも少し書いておきます。

この旅は、何ヶ月も前に計画し申し込んであったものでした。そこへ突然の地震。水戸でもかなりの被害が出ました。我が家では食器類、グラス、室内飾りの類はかなり棚から落ち、破損しました。書斎の書棚から落ち、床を埋めた本を元の位置に納めるのは大仕事です。これを機会に整理し直そうと、片付けもせず、旅行を終わったあとに仕事を残して旅立ちました。

私にとっては初めてのアラブ世界への旅です。ペルシャ湾からアラビア半島の南端を船でぐるりと回り、紅海に入って、スエズ運河を通り、イタリアまで、3週間の船旅です。

アラブ首長国連邦のドバイから始まり、首都アブダビ、別の首長国のフジャイラ、さらにオマーンの首都マスカットを見たところです。今日はオマーン沖を一日かけて航海し、明日はオマーン南部のサラーサに着きます。

中東の諸国を見て、今更ながらアラブ新興国の勢いを感じます。それは単にオイルマネーに依るものではなく、それぞれの国なりの先見性のある経済政策のもたらしたもののようです。絶対王制をとり民主主義国とは言えない国々ですが、オイルの多寡に依るというより、名君が適切な近代化策を講じ、今日の繁栄を生み出しているかどうかで国柄が違うようです。

私たちの目からすると、政治的には遅れた国のよう見えますが、それは私たちの尺度で考えたものでしょう。国によって様々のようです。西側の国、特にアメリカへの距離の取り方によっても事情は違うでしょう。王制や独裁政権のもたらす矛盾を辛うじて抑えている国、名君への尊敬の厚い国、西欧化・近代化を急ぐ国、近代化策を取りながらも伝統的価値を重んじる国。現在、問題が発生している国と全く問題がない国があります。共通するのは、どの国もイスラムを固く守っていて、その面ではゆるぎがないことでしょう。私たちには偏狭に見える宗教とも、互いの価値観を重んじて付き合っていかなければなるまいと、思ったことでした。

冒頭の写真は、オマーンの首都マスカット。アラビア半島というと砂漠のある平地かと思いきや、オマーンは草木も生えない岩山が海岸まで迫っているいくつかの入江から構成されている。とくに宮殿のあるオールドマスカット地域は、峨峨たる山々と古い砦に守られ、守備堅固な場所に華麗な王宮がある。鎖国政策を取り石油利権を王家で独り占めしていた前王に対し、王室内クーデータで政権を奪取(1970)した現王が、開明的な政策で国を開いた。近代化のかたわら伝統を尊重した進め方をしている。人々は自国のあり方を良しとして、隣のイエメンと対照的に揺るぎもしない。

2011年3月17日木曜日

iPadからのエントリアップ・テスト




旅の途上からの書き込みと写真掲載をテスト。


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