2012年7月13日金曜日

7月10(火)-12(水)ツィラータールへの旅、その1






【2日目、快晴のハイキングコースをたどる】
今日、7月13日(金)は、終日何もしない日にして、ホテルの部屋に籠っています。クリーニングのメイドさんには、タオル交換だけしてもらい、お引き取りを願いました。ホテルですから、毎日クリーニングをするのが原則でしょうが、4週間も長逗留をするのですから、毎日敷布を変えたり、ベッドメイキングをしてもらう必要はないのです。

ほとんど毎日、何処かへ観光にでかけていますので、写真の整理、旅行の記録など、たくさんの雑事が溜まっています。このブログに旅行記を書き、写真をお目にかけるのも、途切れとぎれになってしまうのはお許しください。今日は前回から間を飛ばし、表題のツィラータールへ一泊旅行をした次第について。

今回の旅行は旅行社がすべての行程を決めてある企画旅行でなく、滞在だけが準備されていて、何処に、何時、出かけるかは、それぞれに自由に任されています。しかし、そうはいってもよほど周到に旅行資料に当たり、あらかじめ計画を立てていない限り、自由に動けるものではありません。旅行社がいくつかのオプショナルツアーを用意していて、それに乗っかって出かけることになりがちです。

それでは本来の滞在型の旅にならないと、私らは、自主計画の旅行をしてみるつもりです。その第一弾として、ツィラータールへ行ってみました。日帰りでは慌ただしく一箇所だけを見てくることになります。こちらに宿が確保されているのにそれを空けるのは勿体無いですが、一泊して、2日にわたる旅程を組みました。

ツィラータールは、インスブルックから東へ鉄道で30分ほどのイェンバッハから南に伸びている代表的な谷です。そもそもチロルは全面オーストリア・アルプスに覆われています。綿々と山脈が幾重にも連なっています。山脈の間に、谷が葉脈のように複雑に伸びています。イン川の流れるイン谷が主脈で、そこから支脈の谷が伸び、それがさらに枝分かれし、・・・と地形が構成され、その谷に人々が住んでいます。その谷ごとに、村落が連なり、共同し、地方色豊かな文化を形成しているようです。そんな谷ごとの文化の中で、ツィラータールは代表的なものの一つらしいです。




私ら古い世代は、映画「第三の男」のバックミュージックを印象深く覚えています。その楽器がチターという楽器によって演奏されてことも知っています。そのチターは、このツィラータールで古くから使われていたものでした。クリスマス讃美歌の代表的なナンバー「聖しこの夜」は、もともとオーベルンドルフというザルツブルク近くの村が作られたのですが、それを世に流行らせたのは、ツィラータールの人々なのだそうです(津田正夫『チロル案内』暮しの手帖社、1968年刊)。オーベルンドルフで、ある事情で作られたものの忘れられていたのを、ツィラータールの人が再発見し、歌い始めたということのようです。

そんな興味と、谷を取り巻く山々の眺望が素晴らしいと『オーストリア・アルプス・ハイキング案内』(小口和利、山と溪谷社、2000年刊)などで知り、まずは行ってみようと思っていました。何処に泊まるか、こちらに来て、旅行社なり、ホテルのコンシェルジェなりに仲介して貰えるかと期待して来ました。しかし、これは自分でということで、インターネット予約を利用して、谷の中心、ツェル・アム・ツェラーに適当な宿を取りました。

ここまで書いて来て、何だか前説だけで長くなり、本論に入らずに時間切れとなりそうです。とりあえずここまでの分をアップして、今日はおしまいにします。
写真だけつけましょう。初日は雨の中のハイキングとなり、ゴンドラで1750mまで上ったものの、1900mの目的地の山小屋まで到達できなかった時の情けない状態を下の写真に。そして次の日には快晴に恵まれて、高所(2000m)でのハイキングの様子を最初の写真に。





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