【何年も前に別のサイト(サイト名:核兵器の物理)に書いたものだが、そのサイトが閉鎖になってしまい、ネット上に存在しなくなった。同じ主題について書いている人が最近話題にしているので、私もかつて書いた原稿をサイト上に載せておこうと思い立った】
爆縮(implosion、内爆)の過程で、核物質(プルトニウムやウラニウム)は爆薬による衝撃波を受けて圧縮され、密度が上がる。それによって臨界量が激減する。核兵器に装填する核物質の量はこのことを見込んで静的な(圧縮を受けていない状態での)臨界量をもとにしたものよりはるかに少なくてよい。このことは、通常の原子炉工学には縁がないので、それを説明した日本語の文献を目にしたことがない。核兵器に必要な核物質の量を問題にするとき、だいじな基礎知識なので、以下に説明しておく。
結論を先に書いておくと、爆縮によって圧縮された状態での臨界質量Mは、密度の2乗に反比例する。
M ∝ 1/ρ**2
(**2 は2のべき乗、すなわち2乗の意味)
爆縮により、核物質が初めの体積の半分にまで圧縮されるとしよう(じっさいそれを越えるぐらいに圧縮されるようだ)。密度は、単位体積中の質量だから、圧縮されると体積に反比例して増加する。体積が半分になれば、密度は倍になる。上の式によれば、臨界質量は4分の1で済むことになる。
このことを簡単な考察で導いてみる。球形の核物質だけの集合体を想定する。高速中性子により核分裂連鎖反応を持続するのに必要な半径(臨界半径、R)をおおざっぱに推定することにしよう。核分裂自由行程(mean free path for fissions)という概念が重要である。核物質集合体の中で、核分裂により発生した高速中性子が、核分裂物質の核に出会い次の核分裂を起こすまでに飛ぶ距離の平均値である。それをλと書く。臨界半径Rは、およそλ程度の大きさ(λのオーダー)になるであろうことは直感的に分かる。半径がλより小さければ、中性子が2度目の核分裂を起こさずに、集合体から漏れ出てしまう確率が高いから、連鎖反応は持続しない。半径がλより少々大きければ、中性子は集合体にとどまり、次々に核分裂を起こす確率が高くなる。連鎖反応が持続する臨界の大きさは、およそλあたりであると見当がつく。きちんと計算すれば正確な数値が求められるが、それはいま問題ではない。臨界半径はおよそλのオーダーで与えられる、
R ~ λ (式1)
ということで十分である。
λは、高速中性子が飛んでいる間に、どれだけの確率で核物質の核に出会い、次の核分裂を起こすかという確率に反比例する。単位体積中の核物質の原子数Nが多ければ、それに比例して確率は増える。また、Nは密度に比例する。核分裂断面積をσとすると、
λ ∝ 1/Nσ ∝ 1/ρ (式2)
すなわち、体積が2分の1になる圧縮を受ければ、平均自由行程は半分になる。半分の距離を飛んだだけで、次の核分裂を引き起こす。
(式1)により、平均自由行程が半分になれば、臨界半径も半分となる。平均自由行程は長さのスケールを決めているわけで、爆縮によって球体の半径などが変わっても、λでスケールした空間では何も変わっていない。臨界半径もこのスケールで見たときは変わらないはずだ。そう考えてもいい。(式1)は爆縮時にも変わらず成り立つ。
臨界質量Mは、臨界体積 × 密度であるから、球の体積の式から
M = (4π/3)R**3・ρ ∝ λ**3・ρ
(式2)から
M ∝ (1/ρ)**3・ρ ∝ 1/ρ**2
となり、臨界質量は密度の2乗に反比例することが分かる。
核兵器に必要な核物質の量は、幾何学的構造などの設計値のもとに、核データなどを入れて精密な数値計算が行われる決められる。爆縮についても精密なシミュレーションコードが使われ、爆縮過程でどれだけの核反応が起きるを計算することだろう。しかし、臨界質量が密度の2乗に反比例することは、正確な臨界計算や爆縮の動力学に関わらず成り立つのである。
実際の集合体内で起きる核反応は核分裂だけでなく、中性子吸収(正確には捕獲、capture)や散乱がある。核分裂性物質以外の核種も含まれている。しかし核分裂自由行程をもとにしたスケールの議論は、複雑な過程についての詳細計算を待つことなく成り立つのである。
また、実際の核兵器では、タンパーと称する反射体が使われ、裸の球形集合体をもとにした上記の議論は、その場合どうなのか、という問題もある。炉物理の簡単な議論により、反射体付きの集合体は、半径の少し大きい裸の集合体と等価であることが知られている。したがって、上記の自由行程によるスケーリングの議論は、この場合にも当てはまるのである。
密度依存についての説明は以上である。以下は、ついでに多少関連のある話題を書いておく。
現在の核兵器は、ほとんど爆縮を使っている。爆縮によって密度を上げることで、臨界量を大幅に減らすことができ、しかも効率(装填された核物質のうち、どれだけが爆発時に核分裂して消費されるか。それが爆発時に解放されるエネルギーを決める)を格段にあげることができるからである。爆縮を使わない広島原爆では、装填された核物質(この場合はウラニウム235)のうち、わずか1%少々しか核分裂しなかった。これに対し爆縮を使った長崎原爆では17%の核物質(こちらはプルトニウム239)が核分裂した。効率は約15倍だった。効率がいいのは、爆縮して密度の上がった状態を、爆縮の圧力が、ある程度の時間押さえ込んむからである。核爆発がはじまると核分裂エネルギーにより、核物質の集合体は中心から外に向かって四散しようとする。爆縮による内向きの運動量が、核爆発の外向きの運動量にまさっている間だけ、核物質を超臨界に保持できる。どのくらいの時間、保持できるか。1ミリ秒ぐらい保持できれば、その間に80世代程度の核分裂連鎖反応が起き、約1kgの核物質を核分裂させることができる。爆縮による押さえ込みにより、およそその程度が可能であるらしい。
臨界質量が密度の2乗に反比例するとなると、核兵器に装填する材料の密度をできるだけ高くすることが要請される。当然核分裂性核種の密度が高い金属が選択される。プルトニウムにはやっかいな問題があった。金属工学的にいうと低温から融点までの間にたくさんの複雑な相(違う結晶構造、したがって違う密度、同素体とも言う)があり、製造や加工が厄介である。室温で安定なアルファ相が最も密度が高く、その点では核物質材料としていいのだが、金属というより堅い鉱物といったほうがいい代物で、これを安定的に製造したり、加工したりするのは難しい。この問題を解決するためにオッペンハイマーがリクルートしたイギリス出身の金属工学のエンジニア、スミス(Cyril Stanley Smith)が、ガリウムを少量入れた合金でデルタ相を安定化するのがいいと提言した。密度という点ではアルファ相より低密度であった。これを爆縮が解決した。ガリウムで安定化したデルタ相は、爆縮をはじめるとすぐにアルファ相に相変態し、密度が増すのである。マンハッタン計画の中で技術的難問が解決されるという劇的局面がいくつかあった。これもそのひとつだった。
臨界量の密度依存については、Jeremy Bernstein の最近の著作:
・"Plutonium: A history of the world's most dangerous elements" (2007).
・"Nuclear Weapons: What you need to know" (2008).
で、強調されている。私の上記の説明もこれらの著作によっている。