2009年2月26日木曜日

欧州での原発回帰(切抜14)

(朝日新聞09/2/06-15)

 しばらく休んで、溜めてしまったものを、2度に分けて片付けよう。

 ヨーロッパ諸国では、1986年4月に起きたチェルノブイリ原子力発電所(当時ソ連邦、現ウクライナ)で起きた未曾有の原発事故の影響もあって、原子力利用からの撤退(脱原発)が既定路線であった。しかし、原子力発電によるエネルギー供給の代替策がなく、化石燃料への依存度を下げる必要からも、以前から原発回帰が予想されていた。昨年から今年にかけて、各国での方針転換が発表されている。

スェーデン、脱原発転換(09/2/06 国際)
ー 政府は5日、現在10基ある原子炉が寿命を迎えるにしたがって、新しいものに置き換えていくことを決定、3月に議会に新法案を提出。80年の国民投票で、10年までに原発全廃の決定がなされていた。これまで2基の原発は閉鎖されたが、電力需要の半分を担う原発の代替ができず、さらに地球温暖化問題対応もあって、脱原発が不可能だと判断した。こうなることは、かなり前から予想されたことであった。

押し寄せる原発回帰の波(09/2/08 国際、「風」欄、ベルリン 金井和之)
ー ドイツは、02年に「脱原発」宣言をした。再生可能エネルギーの開発普及に力を入れてきたが、原発なしにはエネルギーをまかなえない。大連立を組んでいる各党によって温度差はあるが、原発回帰に向かって動きつつある。メルケル首相(キリスト教民主同盟)は「世界でもっとも安全な発電所を持っていながら、世界で最初に脱原発を実施するのは世界中が理解しない」と。連立を組むキリスト教社会同盟の、グロス経済・技術相が組織した作業部会は、昨年夏、「原発を延命しなければ、消費者に数十億ユーロの負担が生じる」との報告書を出した。もう一つの社会民主党のシュタインマイヤー外相兼副首相は「脱原発は連立合意事項」と反対の意向。
 エネルギーの大半を石炭に頼る東欧諸国でも、原子力再評価の動きが目立ち、スロバキア、ブルガリアは原発回帰を表明しており、原発建設を中止していたポーランドでもここに来て原発推進に転換している。

イタリアが原発建設へ(08/2/25夕)
ー ベルスコーニ伊首相は、24日、ローマでサルコジ仏大統領と会談、イタリアでの原発建設に向けた協力協定に署名した。イタリアは、チェルノブイリ事故の翌年、国民投票により原発を閉鎖していた。今回の協力協定により、合弁会社を設立し、13年着手、20年までに4基の原発を稼働するという。

 これに対し、日本では、再処理工場と高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の運転開始がトラブっている。

もんじゅ、運転の延期で募る疑問(09/2/2 社説)
ー 「もんじゅ」は、95年のナトリウム漏れ事故で、すでに13年以上停まっている。この2月に運転を再開する予定だったが、延期すると発表があった。4度目の延期である。12月ともいわれるが、今回の延期に当たって原子力機構は再開時期を明言しなかった。社説では、長期にわたる運転停止で、設備に不具合が生じていないか、施設者の危機感の足りなさ、さらには新たに見つかった活断層から耐震性への不安が出てきたことなどを指摘し、再開の必要があるのかと疑問を投げかけている。
 建設に5900億円、事故後の改造に180億円、停止中でも維持費に100億円をかけている。運転が始まると毎年150ー180億円かかる。私は以前から、高速増殖炉による核燃料サイクルそのものについて疑問だと、意見表明してきている。
 見直してみたら、前々回(切抜12)でも、この件を取り上げていた。別記事ながら重複したこと、お許しいただきたい。

核燃料サイクル正念場、再処理工場試運転16回目の終了延期(09/2/06)
ー 青森県六ヶ所村に建設され、試運転を続けてきた日本原燃再処理工場は、トラブル続きで試運転終了の予定を2月から8月に延期する。これで16回目の延期である。ほとんどがフランスから輸入した技術だったが、唯一国産技術を採用したガラス固化体を作る溶融炉がこのところのトラブルの原因だ。トラブルの原因は技術そのものの根幹に関わるようで、簡単に乗り越えられそうにない。
 高速増殖炉と再処理技術の自主開発のために、1967年、動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が設立され、膨大な予算が注ぎ込まれてきた。その成果が日の目を見るべきところで、いずれもトラブルとなっている。無理してでもやり続けるのだろうが、欧米なら、とうに見限っている。

以下、その他の新聞スクラップ。

新聞、ネット事業模索(09/2/08 社会)
ー 新聞社が、紙媒体の新聞を各戸配布・駅売りするなどという、旧来の事業形態を超えて、ネット上の事業展開に力を入れつつある。欧米の先進新聞社と比較すると、かなり遅れているが、各社なりに将来の可能性を模索している。当然費用がいる。広告料で賄う「広告モデル」と利用者に料金を払ってもらう「契約者モデル」とに大別される。
 産経新聞はかなり積極的な取り組みをしている。私は利用していないが、マイクロソフトとの連繋で「MSN産経ニュース」は紙面を超えた大量の取材データ(写真なども)を提供している。「出し惜しみ」しない。「ウェブ・ファースト」をうたっている。私は、毎朝目が覚めるとベッドで、iPhoneで配信される産経新聞を読むことを習慣としている。紙面そのままの形で読めるのがうれしい。しかも無料。これは試験的に行っているサービスだが、利用者が拡大すれば、広告収入により無料配信が続けられよう(現在は広告の相当部分は隠されている)。
 日経は「契約者モデル」を確立しようとしている。経済ニュースは、有料でも購読者が期待できるとの読みのようだ。朝日新聞は、遅れている。「アサヒ・コム」で読めるのは主要ニュースとか社説だけ。朝日新聞らしい総合的ニュース解説やオピニオン記事、教養・文化欄などは読めない。全記事をWeb上に無料で提供しているNYTと比べて大差が付いている。料金を払えば読めたと記憶しているが、高すぎてとうに見限っている。読売、毎日もそれぞれに取り組んでいるらしいが利用したことはない。
 景気後退で新聞・テレビの広告料収入が落ち込んでいるらしい。ただしネット上の広告収入だけは伸びているという。長い将来を見通すと、紙媒体の新聞が現状のまま続くのだろうか。すでに若い世代は新聞離れしている。新聞社はこれからのビジネスモデルを見定めるチャンスではないか。「出し惜しみ」、有料契約は成功しないと思うが、どうだろうか。

耐性ウイルス流行、なぜ(09/2/13 科学)
ー インフルエンザ治療薬タミフルが効きにくい耐性インフルエンザウィルスが、世界中で流行している。なぜなんだろう。ウィルスが耐性を獲得する仕組みとして、二つの考えかたがあるらしい。
 一つはウィルス感染した患者がタミフルを服用すると、ほとんどのウィルスは死滅するが、ある確率で耐性ウィルスができ、生き残る。それが流行しているという考え。ただし、この生き残ったウィルスは感染力が弱いといわれていた。
 もう一つの仕組み。タミフルの服用の有無と関係なく、突然変異によって耐性と感染力を獲得したインフルエンザウィルスが流行しているということ。どうもこちららしい、というのが記事の趣旨である。じじつ、今回のタミフル耐性を持つAソ連型の流行は、日本に比べてタミフルがほとんど使われていないヨーロッパから始まったといわれている。
 なお、タミフルが効かないという話は、実態以上に騒がれすぎではないか、という話もある。かかりつけの内科医は、自分のところではタミフルが効かない患者は一人もいないと話していた。

 毎度のことながら、実際スクラップしたもののほんのわずかしか、ここで話題にしていない。記録のためとはじめたのだが、つい記事の紹介に深入りしてしまい、作業の手間からして、この程度で打ち切らざるをえない。

2009年2月9日月曜日

「経済学」が問題に (切抜 13)

(朝日新聞 09/1/29-2/5)

 深刻な経済危機がますます進行する中で、市場原理主義・グローバリズムの名のもと、金融資本主義の暴走を許したのは、経済学そのものに問題があったのではないかという論調がめだつ。この分野には疎いのだが、私も問題意識を持つようになり、ブログ"Memorandum"のほうで書いている。ここでは、このところ目についた新聞記事を記録しておく。上記期間外のものも含める。

「日本型経営」の志 (09/1/17 夕、「窓・論説委員室から」)
ー 15年前の「今井・宮内論争」があった。今井敬・新日鉄社長「雇用に手をつけるのは、経営者が責任をとって辞めたあとだ」。宮内義彦・オリックス社長「グローバリズムの中で株主重視こそが経営者の責任」。「日本型経営」の本質は、雇用を守り抜く経営者の覚悟と志にあるのではないかと、原眞人。

資本主義の向こうに (09/1/23 夕、「窓・論説委員室から」)
ー 米英型の資本主義と、日独型の資本主義があるという。米英型は株主中心の短期利益や個人の成功を求める。日独型は労働者を含む長期的利益と集団的合意を重んじる。前者はキリギリス、後者はアリと脇坂紀行。

スミスの逆説 (09/1/29 夕、「窓・論説委員室から」)
ー 市場主義の家元とみなされる「アダム・スミス」の見直しが行われている。堂目阪大教授の『アダム・スミス』(中公新書)によると、スミスが『国富論』の前に書いた『道徳感情論』を併せ読むべき。人間には他人に「同感」する力があり、これが経済行為の行き過ぎを制御するとスミスは考えていたと、紹介するのは川戸和史。

成長機会を破壊するエトス (09/1/27 経済、経済気象台)
ー 故森嶋通夫ロンドン大学教授は、経済状態を単なる物質的基盤だけで説明すべきでなく、その社会のエトスの寄与を見なければならないと説いていた。エトス=社会が持つ価値観とか支配的な意識。過去に成功した経済を支えたエトスのままでは、日本は成長機会を失い、没落すると予言したらしい。危機の中で、日本人全体のエトスの転換が必要だ。

金融危機が与えた宿題、経済は現実に無力か、新しい理論生む契機に(09/1/31 主張、経済ノート、小林慶一郎)
− 経済学は幾多の変遷を経てきたが、現在の経済理論が今回の世界的な金融危機を扱うだけの能力がなかったことは、経済学者自身が認めざるをえない現実らしい。危機の原因となった「金融システム」がマクロ経済理論ではほとんど無視・省略されている。不動産や株式などの「資産価格」がマクロモデルで十分に扱われていない。「人間は合理的に振る舞う」という大前提が現実には崩れていたから住宅バブルが発生した。現在の金融危機はマネーの複雑怪奇な動きに起因したのだが、マクロモデルには本質的に「貨幣」が欠如している。このような小林教授の指摘には、まったく驚かされる。経済を論じてきた専門家が立脚していた理論が、そんな欠陥理論だったのか。新しい経済学の枠組みが必要になったというのは当然だろう。

西部邁さんに聞く、市場経済とは、働くとは (09/2/02 オピニオン)
ー 経済学の抽象化された論理が現実政策を支配することの危険性に警鐘を鳴らしてきた西部邁に、刈部直東大教授が、経済危機の根本問題についてインタビューしている。労働力を含めてすべてが商品にされるという経済学の考え方にずっと疑問をいだいていた。経済制度の基本は「市場」にあるとは認める。しかし、「イチバ」であった「市場」を「シジョウ」と読んだときから経済学は歪んでしまった。市場は元来そこで決まる価格に人間の関係性が表れるものだった。価格に安定性、固定性がないと、そこでの人間関係が成り立たない。近代の病という「合理主義」が問題。経済現象を合理的に計算し尽くせると考えたことが金融危機を生みだした。未来は計算通りに行かないというのが日本的経営の前提だった。安定した人間関係をつくることによって、将来予測できなトラブルが起こった時に集団で処理・解決する。それを不合理だとぶっ壊したのが構造改革。以上目についたところの抜き書き。

古典の思想家 再注目。世界不況の経済学 (09/2/07 文化)
ー 経済危機打開のヒントを求めて、近現代の経済学・経済思想の泰斗が引っ張りだこだという。上記した堂目「アダム・スミス」が大きな反響を呼んでいる。企業人の関心度が高いという。構造改革か規制緩和反対かの図式を突破する道をスミスの知恵に求めているという。ガルブレイス、ドラッカー、フリードマン、ウェーバーらが注目されている。当然ケインズも。「だれのための経済成長か」という問いが置き去りにされ、実証主義に偏る現代経済学への批判が根底にあるようだ。

2009年1月30日金曜日

ガンとの戦い、医師と患者に意識差(切抜12)

(朝日新聞、09/1/21-28)

がんと最後まで闘うこと必要ー患者81%、医師19%。意識にギャップ。(09/1/21 生活)
ー ガンになったら最後まで闘うことが必要かどうか。東大のグループが調査したところ、患者と医師の意識に大きなギャップがあることが分かったという。東大病院の放射線外来を受診中の患者450人、東大病院でガン診療に関わる医師155人、看護師470人、無作為抽出の市民千人にアンケート調査した結果。「最後まで闘うこと」について、必要と答えたのは、患者:81%、医師:19%、一般市民:66%、看護師:30%、という結果が出た。患者は治ると期待して最後まで闘おうとする。医者は現実と治療可能性を知っている。その意識のギャップは大きい。19%という数字は現実の厳しさを反映している。

オバマ大統領就任演説(原文・日本語対訳、09/1/24 国際)
ー オバマの大統領就任式は、世界中が注視した大きな出来事だった。私は録画で見た。歌の朗唱があったり、トリオ演奏があったり、セレモニーというのはこういうものかと感心したが、やはりオバマのスピーチが注目の的だった。どんな言葉が飛び出すか注意して聞いたが、格別の名文句がなく、第一印象は地味だったな、ということだった。しかしその後発表された演説全文を読むと、さまざまな問題についてしっかりと考え抜かれた言葉で、過不足なく語っており、内容のずっしり詰まったものだったことを知った。朝日は、最初に日本語訳全文(1/21夕)、ついであらためて全文とその背景説明(1/22 国際)、そして英和対訳(1/24)と載せるという力の入れようだった。また「池上彰の新聞ななめ読み」(09/1/26夕)では、さわり部分について日本の新聞各紙の日本語訳を比較していた。経済危機の原因について、話題になった"greed"(強欲)という言葉が出てきた部分については、読売新聞が米国民の自己批判のトーンをもっとも強く打ち出し「一部の者の強欲と無責任の結果であるだけでなく、厳しい決断をすることなく、国家を新しい時代に適合させそこなった我々全員の失敗の結果である」と訳していることを紹介していた。私にもっとも印象的だったフレーズは "Starting today, we must pick ourselves up, dust ourselves off, and begin again the work of remaking America." (私たちは今日から、自らを奮い立たせ、ほこりを払い落として、アメリカを再生する仕事を、もう一度始めなければならない)であった。オバマの就任については、たくさんのことが書かれた。これから大変だろうな。しかし早くもよくやっている。

「書く」から「打つ」に対応、情報機器の普及で制限緩和(新常用漢字表を読む、上、09/1/21、中1/22、下1/24)
ー 常用漢字の案が発表された。私ら世代には「当用漢字」であったものが、いつから「常用漢字」となったのか、つまびらかには知らない。記事によれば、81年から常用漢字なる用語が現れている。今回の改訂はさまざまな配慮からなされるようだが、大きな動機が、漢字が書くものでなく、パソコンのキーボードで打つものになったことにあるようだ。字画のややこしいなどの配慮が必要となくなり、いかに用いられているかに対応したらしい。「つくる」について「作る」、「造る」のほかに、「創る」の読みが取り入れられたことなどがその例のようだ。もともと固有名詞は規制の対象外だったらしいが、大阪の「阪」、岡山の「岡」などがはいったという。わが「茨城」の「茨」などもそうだが、水戸の「水」を「み」とよむ読みは用法外となる。こうした変更のたびに、どの漢字が公的に認められているのかどうか、気にする立場の人は、覚え直さなければならないが、私らはかまってはいられない。

「無神論バス」英国各地走る(09/1/24 国際)
ー 近頃外面に大きく広告が描かれたバスをよく見かける。英国でもそうらしい。ところがその国で走っているバスには、今 "There's Probaly No God. Now Stop Worrying and Enjoy Your Life" (「神はたぶんいない。くよくよするのをやめて人生を楽しもう」)との広告が見られるという。もとはというと、熱心なキリスト教団体が「キリスト教徒でなければ永遠に地獄で苦しむ」という広告を出していた。それにカチンときた人たちが募金を集め、この広告となった。信心深い運転手が乗車拒否して、バスの運行に影響が出ているらしい。そういえば、オバマの就任演説の中に「私たちの国は、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、そして無宗教者(non-believers)からなる国だ。」との一節があった。無宗教者が公式に言及されるのはめずらしいと聞いた。宗教はいたずらな争いを引き起こす。

もんじゅ再開延期、問われる原子力機構の体質(09/1/24 政策ウォッチ)
ー 高速増殖炉「もんじゅ」は95年のナトリウム漏れ以後、13年も停まったままだが、予定されていた今年2月の再開を延期することを発表した。これで再開延期は4度目だという。次の目標時期は明示されなかった。建前としては研究開発段階にあるこの「原型炉」を完成試運転した後、「実証炉」へとすすみ、プルトニウム利用による核燃料サイクルを完成することになっているが、とんと目処が立っていない。技術的な難しさがあるが、それとともにこの炉の開発を担当してきた機構(旧動燃)の組織体質が問われている。組織に実力がなく、設計、試験、トラブル対応などすべてを民間に丸投げしているということだ。高速増殖炉を現段階で積極的に進める必要はないというが、原子力研究に身を置いてきた私の在来からの主張だ。(たとえばここ


ゴヤ「巨人」は別人作(09/1/22 社会)
ー マドリードのプラド美術館の一隅には、ゴヤの代表作が並んでいる。この「巨人」は二つの「マハ」とともに、印象的な作品として目を惹く。それがゴヤ自身の作でなく、弟子フリアによるものだと結論された。描き方などを検証してのことらしい。しかし作品自体は、今後も展示されるという。

好きなもの 林望(09/1/25 読書)
ー 林望の好きなもの。1.自動車の運転。東京から青森だろうと神戸だろうと車で行く。「長距離の運転お疲れさまでした」といわれると、「いやいや、こんなに長く運転して、ずいぶん心身が休まりました」と応じる。2.料理。自宅の厨房は望が取り仕切って、妻は「食べ役」に徹してくれる。3.声楽。今ではバリトンの歌手としてしばしば舞台に立つ。「多少の愁訴や不調は、十分息を通わせながら歌うことですっかり癒すことができる」。

2009年1月27日火曜日

お年玉は子どものためになるか(切り抜き11)

(朝日新聞、09/1/16-20)

お金、苦労せずに受け取る事は問題(09/1/16、第2茨城、きょういくスクエア、のびる学園長、渋谷照夫)
ー 日本のお正月はお年玉抜きにして語れない。年長者は誰も問題を感じているらしいが、正面切ってそれを問題にする人はあまりいない。この学園長さんは、20年前に、お年玉の習慣は子どものためにならないと気づいて、それ以来自分のうちではあげることももらうことも止めていると。かわりにお金で得ることのできない何かの「体験」(そば打ちとか)を一緒にすることにしていると。あげるほうは愛情・関心をうまく表現できずにお金で代替している。金額をどうするか気を使う。受け取るほうは年一度の大金を当然とする。お年玉に問題を感じている親もいよう。親ですらできない荒っぽい消費を子どもができてしまう。なんだかおかしい。お金を苦労せずに得られる経験はよくない。私は消極的だが、妻は正月にやってくる習慣のなくなった孫たちになにやら送金しているらしい。

過激な「家訓」に従順に成長(「天才の育て方」写真家蜷川実花のママ、宏子さん、09/1/17"be新聞”)
ー 父親の蜷川幸雄が有名になり、金回りがよくなりだしたころ、子連れでおすし屋に行ってカウンターに座った。子どもが「中トロ、うに、いくら」と注文をするのを見て、幸雄は、この頼み方は子どもが勘違いするおそれがある、これからカウンターはやめようか、といいだした。その時に実花がいうには「どんな男性と結婚するか分からない。その人の給料次第ではカウンターでおすしなど食べられないかもしれない。だから今はここで食べさせて」。回転寿司がなかった時代のことだ。幸雄が娘に言い渡した過激な家訓なるものも面白い。「出来るだけたくさんの男と付き合え」とか「男に騙されるな。騙せ」など10項目。「過激に生きろ」とも。

高速、首都・関西500円、地方1000円(09/1/16 政策)
ー 休日限定、2年間の値下げ案。財源はどこにあるのか。高速路の割引の原資は政府が出す。第2次補正に5千億円が計上されている。税金で賄うわけだ。予想以上に利用者が多いとどうなるのだろう。ETCを新たに設置する助成もする。通常2万円かかるのを5千円にするという。これは高速道路交流推進財団なるものがあって、その保有資産から数百億円を工面するという。有料道路代金がとても高いと思っていたが、ちゃんと溜め込んでいたのだ。この財団の幹部は国交省と道路会社からの天下りに違いない。私は民主党の高速道路無料化に賛成している。

「対テロ戦争は誤り」英外相、逆効果と指摘(09/1/16 国際)
社説「対テロ戦争、どこが間違いだったか」(09/1/20)
ー 9.11以降の米国は「対テロ戦争」を基本として、外交安保戦略を進めてきた。その戦略のもっともよきパートナーだった英国の外相が、間違いだったと言いだした。2年前から「対テロ戦争」という用語を使わなくなっていたが、今度ははっきり「誤りだった」と言ったのは大きい。テロは世界各地で多様な事情から発生している、それを十把一絡げにして、軍事力で解決しようとする戦略は間違いだった。かえってテロを拡散し、英米に対する反感を募らせてしまった。オバマ大統領の誕生で、米国の戦略も見直されていくことだろう。小泉政権以来、日本も「テロとの戦い」への国際的連帯を旗印に、自衛隊を無理して出したりしてきた。日本政府も「テロとの戦い」との考え方は間違いだったとはっきり言明すべきではないか。

社説「かんぽの宿、筋とおらぬ総務省の横やり」(09/1/18)
ー 郵政民営化を進めた民間メンバーの宮内義彦のオリックスが、かんぽの宿を一括譲渡を受けることに、鳩山総務大臣が待ったをかけた。「出来レース」と見られかねないというわけだ。国民には受けがいい「待った」だが、めずらしく朝日新聞は反対している。このところ朝日の論調はずいぶん変わってきたようだ。消費税増税にも、時期明記の付則にも賛成している(09/1/17社説「消費税の扱い、付則に明記し決意示せ」)。この件への賛否は別にして、現実的にことの条理を論じる方向への朝日社説の変化はよしとしよう。

就職漂流、博士の末は(09/1/18 明日を考える、新学歴社会、選択のとき)
ー 博士号をえたものの就職できず、あちこちの任期付きの職を転々とし、40代になっても定職なしというような「高学歴ワーキングプア」が問題となっている。このポスドク問題は昔からあった。しかし先進国の中で日本は博士の数は少ない、知的生産・創造こそが日本がこれからのグローバルな競争に生き残っていくための基礎体力だと、博士の数を増やしてきた。博士課程在学者は91年に3万人ほどだったのが、07年には7万5千人と、2.5倍になっている。しかし就職先は増えていない。大学、公的研究機関、企業が主な受け皿だが、前の2者は定員を増やせず、任期付きのポストだけを増やしている。米国では1、2回のポスドクの経験を経て、定職に就ける機会が多いが、日本ではそうはいかない。企業側と求職者とのミスマッチがある。年齢とともに専門性が狭まって、企業側の求めに応じにくくなっている。どうするか。博士過程の定員を絞るべきだという論者もいる。しかし、日本には新しい技術の芽を産み出す人材は、もっと必要だ。日本は研究者の育て方が下手なのではないか。学位取得者の就職を容易にする、社会慣習を含めた環境改善が必要だ。不況の時代にあってこそ、将来の成長の種になる研究プロジェクトへの国家投資を増やし、無駄になっている人材を活用すべきだろう。

脱・出来ない理由(09/1/19夕、「窓」村上知博)
ー 「2050年までに日本は食糧とクリーンエネルギーの輸出国になる」との目標を打ち出したら、と提案した内閣特別顧問の大学教授がいた。役人が「そんなこと、できっこない」と反対した。出来ない理由をあれこれ並べることには長けている。役人や科学技術政策の立案に当たる高名教授たちの体質だ。しかし大不況の今、オバマがグリーン・ニューディールを提案している今、日本でも、常識的には出来っこないほどの大目標を掲げてやってみてはどうか。上記の教授は、最近では2030年までに実現できると説いて回っているそうだ。一つ上の項目に紹介した多数の博士浪人を動員することも出来る。

柳沢桂子、本当に苦しむしに直面、生命は奇跡の重なりの上にある。「神なしの境地」が理想の生き方(09/1/16夕)
ー この人は、難病と戦いながら、サイエンスライターとして生命について、そして最近では生き方について多くの本を書いている。自分の死に直面し、宗教にも近づいた。しかし、最終的にはポンヘッファーの言葉から「神なしの境地」にいたる。「死はもっと美しいものだと思っていましたが、死ぬに死ねない人たちが、本当に苦しむ死を見て、ものすごいものだと実感」「正直なところ死についての感じ方は揺れています。でも、人間の死も散っていく紅葉と同じで、自然の中の一つの景色として眺めれば、ささやかな出来事。静かであってほしい」とも。

絡み合いカゴ形巨大タンパク質、構造解明、新薬へ期待(09/1/16夕)
ー 生体細胞中で最大(分子量約1千万)のタンパク質「ボルト」の構造を兵庫県立大、大阪大の研究グループが放射光施設SPring8を用いて解明した。どのくらい大きいかというと、たとえば血液中で酸素、二酸化炭素を運ぶ働きをするヘモグロビンの分子量が6万5千だから、その約150倍。分子を建物にたとえると、その建物の細部がどのような部品でそのように組み立てられているかが分かったということ。大きいものほど、情報量が多くなり難しい。SPring8の強いX線ビームを1分間当てただけで分かったという。ヘモグロビンの構造解明(1953年、ペルーツ)には、何年にもわたる測定・解析作業が必要だった。それが今では1分の測定で出来る。建設から利用開始時期にSPring8で働いたものとして、この成果はうれしい。これに限らず同様な成果がどんどん出ているらしい。

2009年1月19日月曜日

自民党の自然死、SIGHT 09冬号

 ロック音楽評論家・渋谷陽一が編集している総合雑誌SIGHTの最近号が面白い。編集後記に渋谷がこんなことを書いている。昨年11月初旬に特集のテーマ『自民党は自然死を待つのか?』を決めた。かなり先見性のあるテーマのつもりだった。内容を詰めているうちに、あれよあれよという間に政治の実態がタイトル通りに進行してしまった。今ではこの特集内容が当たり前と受け止める人が多くなってしまったのではないか。「正直、自民党が、この2ヶ月の間に、ここまで坂を下るように劣化するとは、僕たちも思っていなかった」と書いている。

 テーマの「自然死」はどぎついが、そこに込められているのは、麻生首相の人物とか言動とか、内閣や官邸の人選とか、そういうたまたまのことが今日の事態を招いたのではなく、自民党そのものが歴史的使命を終え、自然死を迎えつつあるということだ。現在私たちが見ているのは、「政局」とかいうものではなく、戦後政治を担ってきた自民党という巨大政党が崩壊し、そのあとに何か新しい統治構造が出現するという大変革であるということだ。

 特集は三つのインタビューで構成されている。田中秀征、内田樹、上杉隆の3人が個別にインタビューに応じている。それぞれかなり長いもので、じっくり読ませる内容になっている。この欄で紹介するのはしょせん無理だが、さわりと思える部分をまとめてみよう。

 田中秀征のインタビューは「麻生内閣崩壊と自民党政権終焉を語る」という題。政界のインサイダーとして、自民党の自然死をとうの昔に予見していた人だ。自民党政権は何度も腐敗して問題を起こしてきたが、腐敗はまだまし。今や「劣化」してどうしようもなくなっている。車の運転に喩えている。これまでは酔っぱらってよたよたしても車の運転はしっかりできていた。今は、酒を飲まず(麻生さんは毎晩バー通いだが)、真面目に運転しようとしても、運転が下手で、しばしば事故も起こす。そんな運転手しかいなくなったと。すごい喩えようだ。じゃあ、民主党になったらうまくいくか。国民は民主党になったらどうなるかまで考えていない。しかし、とにかく政権を任せてみようというところまで来ている。田中は、政権交代で、日本の政治は明らかに前進するだろうと期待を持っている。石橋湛山は、終戦の日に「日本の将来は前途洋々たり」と言った。田中は今そういう心境だと結んでいる。

 「疑似二大政党制は終焉を迎え、新たなる『55年体制』がうまれる?」というタイトルのついたインタビューで内田樹の語っていることは、この人らしいひねった見方だ。特集の趣旨に反して、自民党「的」政治が今後も続くとしている。日本人の意識も、政治風土も、そう変わりっこないだろうと、この人は考えているようだ。だから今起こっていることは、大したことではなく、かつての自民党の中の福田派と田中派との争いの継続に過ぎない。民主党というのはかつての自民党田中派の政党。これに対して自民党は福田派の政党。このところずっと福田派が、強者が先導して引っ張るという政治をしてきたが、うまくいかなくなった。これから田中派的弱者救済のバラマキ政治を民主党がやることになると。両者は大連立して一つの政党になる。これとは別に観念政党が必要で、共産党と社民党などが一緒になってできる。その両党による55年体制の復活を予測している。そんなことはない、政策ではっきり色分けされた二大政党が出現するのではないか、といいたくなる。ところがこの人は、いろんな考えの人が混在する政党こそが、日本的で日本人の好みに合っているという。

 「自民党はすでに死んでいる」という過激なタイトルのついたインタビューで上杉隆は、麻生政権をつくったのは、視野狭窄に陥っている自民党とそのまわりの政治メディアだ、作られた虚像であって、支持率が落ちた現在が実体に近いという。今年09年は、政治、行政、メディアの構造が基本的に変わる年になるだろう。民主党が主張している特別会計を含む全予算の総組み替えが、日本の政官のシステムを変革する。財務省などの官僚はすでにそういう方向に動き出している。これによって霞ヶ関のシステム全体が変わる。メディアも肥大化しすぎているから、この経済危機の中でスリム化せざるを得なくなり、大きく変わる。もちろん短期的にはめちゃくちゃになる。国民は政治に絶望というか、諦めに近い気持ちを持っていて、民主でも自民でもいい、まともな政治をしてくれ、と思っている。自民党の大部分には、この大きな変革の時期が間近に迫っているとの危機感がない。しかしとうの昔から危機感を抱く人が少数ながらいて、その数が日に日に増えている。

 この雑誌にはほかに「オバマと金融危機を正しく読む」(藤原帰一、小野善康とのインタビュー)、高橋源一郎、斉藤美奈子らによる「ブックオブザイヤー08」の選定座談会(50ページもの)、北野武、吉本隆明の連載インタビューなどがぎっしり載っていて、お値打ちもの。

2009年1月17日土曜日

箱根駅伝は大学間経済戦争(切抜10)

朝日新聞 09/1/08-15)

箱根駅伝は「経済戦争」だ (09/1/10 be business 読み解く、生島淳)
ー 箱根駅伝ほど元気なスポーツイベントは、現在の日本ではまれなんだそうだ。スポーツに興味の薄い私でも二日にわたる実況中継を何となく見てしまう。今年の登坂区間での東洋大逆転や復路での早稲田との競り合いは見応えがあった。この記事によると、箱根駅伝に参加し、上位チームに入ることは、各大学にとって入試志願者を増やす絶好の機会なのだそうだ。出願締め切りの直前という最高のタイミングで、テレビ中継を通して学校名が連呼されることにより、受験料収入が数億円も増えるという。選手の獲得、強化に金を投じ、競い合わせる。これは表面はスポーツ、裏は経済戦争なのだ。監督さんもたいへんだ。

危うさが政治を面白くする (09/1/08 オビニオン、私の視点「民意とは何か」、鳥越俊太郎)
ー 政治家が「民意」を武器にする現象は、小泉政権から。しかし、その後の政権は民意をつかみ損ねている。民意はマスコミの扱いやで、たやすく誘導される。きわめて危ういものだ。しかし危ういものだからこそ、政治は面白い。民意を手探りしながらボールを投げ、それに手応えがあったり、逸れたりする。試行錯誤しながらボールを投げ続けるのが、民主主義のありからだろうと鳥越はいう。これに対し、「民意」の持つ危険性にもっと厳しい目を、と主張するのが、同じ欄で「『意見』より『気分』に近い」というタイトルで書いている佐藤卓巳。「意見」は自分で考え、他人と議論を重ねてじっくりと作り上げられるもの。今いわれる「民意」はその意味の「意見」にはほど遠く、その時々の全体の空気に同化して情緒的・即時的に作られる「気分」に近い。マスコミも政治家もそれに迎合して、無責任、没主体的になっている。言語化できない世論=気分を、対話可能な「輿論」へと作り替えていく作業が重要で、それが政治ではないか。また新聞の仕事でもあると。両者の意見は対照的だが、佐藤はあるべき姿をいい、鳥越は日本の政治は所詮そのようなものだという現実に立ってものをいっているようだ。

首相と戦争捕虜 (09/1/10夕、「窓」論説委員室から)
ー 麻生首相の父親が経営していた旧麻生鉱業が、戦争中、連合軍捕虜を炭坑で働かせていた。そのことを3年前アメリカの新聞が報道したのに対し、外務省は、NY総領事館のHPで反論した。その後、事実を裏付ける公文書が厚労省で見つかり、昨年末にHPの反論は削除された。衆院本会議の答弁で麻生首相はその事実を認めた。日本ではほとんど報じられなかったが、海外では「日本の首相、親族経営の企業が戦争捕虜を働かせていたことを認める」と大きく報道された。フィナンシャル・タイムズ紙は顔写真付きで報じたという。国内外での関心の落差を示している。それ自体は違法ではないらしいが、賠償責任の裁判を起こされるなどの可能性はある。

シリーズ「感情模索」(09/1/01- 文化欄)
ー 前回紹介したシリーズの続き。残る2回分。
(6)「ファミレス現象」に幻滅。東京の輝き消え、移る関心(09/1/08)
(7)自虐という名の安全策。昇華できれば生きる原動力に(09/1/10)
誰も同じように上を目指し、ブランドものにあこがれ、聞きやすい音楽、読みやすい本、パターン化したドラマや報道などを、当然とするのを「ファミレス現象」と呼ぶらしい。ファミリーレストランの品揃えのようなものであるから。そのことに疑問を抱き、うさんくさささえ感じる若者が出てきた。彼らにとって、東京はあこがれの存在でなくなってきた。社会の潮目が変わり始めている(以上、〈6〉)。自虐してみせることで存在感を示す、屈折した自己表現(麻生首相もそうだとか)。その結果としての若年層での上昇志向のなさ。どうやら右肩下がりの時代らしい(以上、〈7〉)。このシリーズは、ふだん思いおよばなかった社会変化の兆候を指摘してくれて、興味深く読んだ。

The Globe Asahi Shinbun No.7 (09/1/12)
ー 以前から始まっていた週一の別冊が、この号から8ページものになった。新聞紙と違う真っ白な紙の印刷物で、NYTimesのSunday Magazine のようなものにしようとしているのだろうか。毎回特集号で、今回のテーマは「Changeの逆襲、オバマ、危機の中の船出」。たしかに選ばれたはいいが、オバマにとっては、難題が山ほど待ち構えているこれからがたいへんだろう。ほかに新コーナー「突破力」で、指揮者、大野和士が取り上げられている。外国で名が出ている日本人指揮者。ここ2年訪れているドイツのバーデン州立歌劇場音楽監督だった人として名を知った。

歌舞伎座、建て替えで失われるもの(09/1/14 文化)
ー 歌舞伎座が全面建て替えを前に「さよなら公演」を始めている。16ヶ月にもおよぶ「さよなら」だ。再建後は大きなビルの中に飲み込まれるらしい。歌舞伎を見せてくれる場は新しい形で再興するのだろうが、現在の外観も祝祭的な異空間も失われることだろう。この間、少なくとも1,2度は見納めに行きたい。人気が盛り上がっているようで、チケット入手が心配だ。

07年GDP、中国が3位。ドイツ抜く(09/1/15 1面)
ー 日本の2位は変わらないが、米国政府の国家情報評議会(NIC)によると、中国は15年に日本を、36年に米国を抜いて、世界一位になると予測している。そのような世界を私ら世代は見ないだろうが、一体どんなことになっていることか。

さらばレーザーディスク。パイオニア、生産終了(09/1/15 経済)
ー レーザーディスク(LD)プレーヤーが生産停止になるという。DVDや最近ではブルーレイに取って代わられ、幕引きになるのは当然だろう。私はレーザーディスクを愛好した世代だ。今でもプレーヤーは活かしているし、LDもかなりの枚数所有している。VHSなどに比べ画期的なものだった。音源としては、LPとか、ドーナツ盤はもっと前だ。さらにその前はSP。私らは音楽、映像プレーヤーの変遷を何度となく体験した世代だ。しばらく見ていないLDをかけてみるか。

政治に揺れた地学(09.1/15夕、「窓」編集員室から)
ー 戦後しばらくの間、私が物理の学徒だった時期にも、自然弁証法などという形而上学的思想が科学の上位にあるものとして、日本の科学界の一部では尊重されていた。しかし欧米流の実証科学を学んだ科学者たちはその流れを受け入れなかった。一番遅れたのは地学の分野だった。今では常識のプレート論を早くから受け入れた地学者たちは、その偏見と闘うのに苦労したらしい。大阪市立大学の藤田和夫名誉教授のことを、科学担当の尾関章論説委員が書いている。

北朝鮮核「兵器級ウラン保有」米ライス長官、見解示す(09/1/15夕)
ー 北朝鮮核問題の処理は、ブッシュ政権のもとでは不成功のまま終わることになる。その最後にあたって、ライスは「北朝鮮が兵器級の高濃縮ウランを製造か輸入し、隠していると見ている」と言い残した。「痕跡以上のものがある」としているようだが、別の筋は「ウラン濃縮は実用レベルには達していなかった」としている。一応記憶にとどめておこう。

2009年1月9日金曜日

希望は女性にあり、吉田秀和×丸谷才一(切抜9)

(朝日新聞09/1/01-07)

新春対談 吉田秀和×丸谷才一「希望は女性にあり」(09/1/01)
ー 文学でも音楽でも女性の進出が著しい。文学では女性の方が「エネルギーが豊富、新しい領域」を描けている。男は繰り返しばかり。それでいて「女性には思想がない」などといっている。人類の歴史は6千年にわたって父権社会が続いた。今それが母権的時代に転換しつつある。「男が縮こまってきた」。政治の世界もそう。「総理がこんなにしょっちゅう代わってるなら、男でなくていい」。95歳の吉田と83歳の丸谷の方が先が見えているようだ。

09年の政界、大胆に占うと(09/1/01)
ー 造反(1月中旬)→「3分の2」割れ(1-4月)→自民分裂(1-4月)→話し合い解散(4月〜)→自民総裁すげ替え(4月〜)→政権交代(自民下野)→予算編成(霞ヶ関と激突)→連立のきしみ→民主代表選前倒し(小沢電撃辞任)→衆参W選(10年)、だそうだ。今日のテレビでは、自民分裂、第2自民党誕生、選挙後ふたつの自民党の連立、などというシナリオも出ていた。

「戦後」乗り越える強い首相を(御厨貴、09/1/03 「私の視点」)
ー 吉田後、岸に始まる歴代の首相は「戦後からの脱却」をうたってきたが、いまだに乗り越えられずにいる。政権交代が見えてきた次の選挙は、最終的な戦後脱却のきっかけになるかもしれない。そのためには、これが戦後を終わらせるための選挙であり、政権交代だとはっきり示せること。たぶん一度の選挙では変わらないだろう。最終的に「強い首相」を創り出す必要がある。長期に政権を担い、これまでの政治慣習から解放された政治形態を創り出し、新しい飛翔を可能にするような。たぶん日本にもオバマをという期待だろう。そんな人材が政界にいるのだろうか。

利益追わぬ投資を、グラミン銀行ユヌス総裁に聞く(09/1/06 1面、及び、アジア欄)
ー ユヌスはマイクロクレジット(貧しい人々の自立を促す無担保少額貸し付け制度の発案者、06年ノーベル平和賞受賞者)。金融危機の最大の被害者は、30億人の貧困層。利益の最大化を目的とするビジネスだけに市場を使ってきた経済システムの再設計が必要。アジアが持つ「無私」の伝統を市場に持ち込めば資本主義は完成すると。具体的にはソーシャル・ビジネス(社会的企業)を提案。社会貢献を最優先する企業モデル。特定の社会問題の解決を目的にした企業に投資。利益配当を求めず、社会貢献したとの満足感を見返りに。企業の利益は元本の返済だけ、あとはビジネスの拡大に再投資。すでにフランスの企業などから投資を得て、栄養価の高いヨーグルトの販売、安全な飲料水の提供などを目的とするソーシャルビジネスが動き始めている。

シリーズ「感情模索」(09/1/01- 文化欄)
ー これは、私ら最近の世相が理解しがたい旧世代に、今という時代を多少分らせてくれて、面白い。これまでの分のタイトルだけ記しておく。
(1)ぼやき・毒舌・刹那の快楽、否定の言葉に浸りたい(09/1/01)
(2)社会に絶望「リセットだ」、滅びた後の「平等化」期待(09/1/03)
(3)共感したくて「キラキラ」、生きづらさの中を生きる(09/1/04)
(4)背伸びは嫌「草食系男子」、現代に順応、文化うむ?(09/1/06)
(5)アラフォー世代 飽くなき欲求、幸せ探し「きっと・もっと・ずっと」(09/1/07)
読むと、いろいろな社会現象、世代像などにそれぞれ意味があり、主張がある(場合によっては無意味という主張も)ことが理解でき、自分らの価値観にもとづいて現代の世相を嘆くだけではいけないなと、悟らせてくれる。毎回添えられる安田佐智種の高所から見おろした高層ビル群の画像(合成だそうだ)も興味深い。